Silvester
Silvester
2
今日は12月31日。電車は間隔があくとはいえ夜通し運行している。葵の今日を僕は何時まで共有できるのか?
山下公園までの道のりをそんなことを思いながら歩いた。
「寒いね、脇田君。」
「そだね。」
曇り空のせいか、見える景色も寒々しい。
「でも、手は温かいでしょ?」
「…うん。」
さっきから手は繋いだまま。この繋がっている部分から言いたいことが全て伝わればいいのに。
人を好きになるのはもどかしい。なんて思ってはみるけど、そう思うのはこれが初めてだったりする。
シナリオもないから、この先どうなるのかも、相手が何を思い何を言葉にするのかも全く分からない。
このもどかしさをどうしたらいいものか…。分からない。
「大晦日のわりには人が多いいね、ここ。」
「人って言うかカップルばっかりだけどね、ここはデートスポットだから。ベンチだって、カップルばっかりでしょ。」
山下公園のベンチは面白いくらいにカップルだらけ。しかも、そこら辺を子供が走っているって言うのに、キスをしているカップルまでいる。
「なんか飲み物買ってくるから、そこら辺に座って話でもしようか。」
「うん。」
偶々空いたベンチを見遣って、葵に座って待ってるように促す。
「はい。」
「ありがとう。」
手渡した飲み物をジッと見つめる葵。好きなもののはずだけど、手はプルトップを開けようとしない。
「変える?」
「ううん。これがいい。…脇田君が選んでくれたこれじゃなきゃイヤ。…あの、今年は全然駄目だったけど、来年からは脇田君の好きなものとか色とか、その、色々教えてね。楓さんにこの間聞こうかな、って思ったんだけど、やっぱり自分の力で知っていきたくて。いい?」
缶から視線は逸らせなかったみたいだけど、葵が一生懸命言葉を紡いだのは分かる。そして嬉しい。
「知ってもらえる?」
「うん。知りたい。」
「じゃあ、今思っていることをまず知って。新しい年になったら、一番最初に好きな人とキスしたい。これって叶うと思う?」
言葉はないけど、小さく頷いている葵。ということは、叶えてくれるっていうことなんだろうか。
「大丈夫、家の人とか心配しない?無理を言うつもりはないから、もし、」
「大丈夫。お母さんにはちゃんと彼氏と初詣を済ませてくるって言ったから。今日は夜通し電車走ってるでしょ。だから、でも、その、初詣が終わったらちゃんと帰るって言ってあるから。」
相変わらず缶から視線は逸らせないみたいだけど、葵の言葉は僕が欲しかったものそのものだった。
確かに365日の中の一日には変わりない。だけど、1年の終わりと始まりのその日に一緒に居れることは特別に思える。何より、ちゃんと家の人にも僕の存在を伝えてくれていたことが嬉しい。
あ、でも、
「何か夜通し葵を連れまわして、とんでもない男だと思われないかな?」
「…分かんない。」
そんなぁ…、どんな言い方をしたんだ、一体。
「今度、葵の家に遊びに行ってもいい?」
「駄目。」
やっぱり、しかも即答。
「さっきの葵の言葉同様、俺も葵のことを知りたい。どんな部屋なのかとか、色々ね。」
「うん。」
「まあすぐにとは言わないから、ゆっくりでいいから考えておいて。それより初詣どうする?」
「えっ、初詣?」
「だって、初詣に行くって言ってきたんでしょ。だったら行かないと。」
「そだね。でも、」
急に俯いて頬を赤く染める葵。可愛いんだけど、その仕草は可愛いだけじゃない。僕はこの仕草にそそられる。
「でも、でも、き、キスをするなら、人がいないところのほうが…、」
そこまでを聞いて、葵には悪いけど吹き出してしまった。そんな心配を…
その赤い頬にキスをする。
「えっ、やだ、脇田君、」
「もう暗くなってきたし、誰も見てないよ。大丈夫、学園祭の時もそうだったけど、俺、さり気なく隙をつくのが上手いから。」
ホテルって選択肢はないから、二人で飲み物片手に色々話した。寒さのお陰で必然的に寄り添いながら。
「あと少しだね、新年。」
「楽しみ?」
残念ながら返事はない。だから悪戯心をだしてみた。
「葵、こっち向いて。」
なんの疑いもなく振り向いた葵の唇を捉える。そして、深く、深く口付ける。キスっていう軽い響きより、むしろ口付け。
心では誤りながらも、舌を絡める。最初は驚きと抵抗が感じられた体から、それが抜けていく。
成功。
唇が離れて、ぽーっとしている葵。僕に何か言う気もそがれてしまったようだ。そうだよな、ここまでのキスを外でされるとは想像もつかなかったんだろうな。
肝心なことを思い出させてあげないと。
「あけましてオメデトウ。」
「あ、うん。えっと、あ、本当だ、新年。」
「ごめん、新年になってからって思ってたけど、こうすれば新年になった途端できると思ったからさ。」
「…びっくりした。だから、言い忘れてた。今年も宜しくお願いします。」
「こちらこそ。今年はたくさんのキスをしよう。」
僕の言葉に目をぱちくりさせて驚いた表情を浮かべた葵、だけど小さな声は確かに『うん』と言っていた。
そうだ、彼女に嘘をつかせないために初詣へ行かなくては。