Silvester
Silvester
1
12月24日から25日まで葵が一泊二日で我が家へ来た。残念ながら二人きりではないので、ちょっとした時間にキスを二度しただけ。
夜も当然のように、姉貴の部屋に布団が用意され残念な結果となった。
そこでどんな会話がなされたのかもかなり気になる。気になるけど、聞けていない。もどかしい限りだ。
「脇田君。」
もどかしさを感じていると、その根源が視界に入ってきた。今日は葵とデートをする。しかもオーソドックスだけど横浜元町、外人墓地、港の見える丘公園、坂を下って山下公園、そこからは水上バスでみなとみらい。
みなとみらいに付く頃には日もどっぷり暮れて、美術館とかの夜景がきれいな中で濃厚な時間を過ごす予定。
濃厚な時間というのはあくまでも僕の予定だから、葵という要素が加わってどんな風になるかは未定。
よくよく考えてみると、いつも僕の家とか映画館で会っていたから、こんなに長い時間一緒に電車に乗るのも初めて。
元町・中華街駅までは、待ち合わせたのが始発駅なので余裕で隣同士に座れる。
映画を見るわけでもなく、テレビを見るわけでもなく、こうして隣同士に座るのももしかしたら初めてかもしれない。
さて、何を話すか?
やっぱり、あれだよな、あれ。
「この間はありがとう。うちの家族も喜んでたよ。」
「あ、こちらこそ、楽しかった。」
「ところで、姉貴って寝言とかいびきとか、夜大丈夫だった?」
「むしろ私の方が迷惑掛けたかも、だよ。」
「それならいいけど。寝言とか以外も大丈夫だった?あの人強引だから。」
「強引?、そんなことなかったよ。まるでお姉さんが出来たみたいで楽しかった。」
「俺、姉貴といて楽しいって思ったことは最近まるでなしだけど。」
「わたしもお兄ちゃんといて楽しいと思ったことは少ないから、それと同じだよ。」
そう言われてしまうと、確かにそうだとしか言いようがない。本音はどんな話をしたのか突っ込みたいところだけど。
ここは、回り道をして見たほうがいいのかも。
「少ないってことはあるんだ、楽しい時?」
「うん、それはあるよ。でも、他の人にとってはすっごくくだらないことかも、だけど。」
いまいち会話に広がりが期待できない流れだ。
ここからどう展開させるか?
例えば『お兄さんには今日横浜に来ること言った?』なんて聞いて『お土産は買ってく?』なんて広がりは…ムリだろうな、言ってなさげだよな、デートで横浜なんて。って言うか、彼氏が出来たなんてこと、きっと家族の誰にも言ってくれてはいないんだろうな。
「どうしたの?」
「あ、ううん、別に。」
ここはストレートに聞くしかないか。
「ところで、姉貴は俺のこと何か言ってた?」
その質問を投げかけると、何故か葵の顔が赤くなった。
なんだよ、あいつ、なんか言ったのかよ。
葵といるのに、頭の中には姉貴のほくそえむ顔が浮かんできた。
「なんか、そんなに赤面するような話をしたんだ?」
「あ、悪いことじゃないの、悪いことじゃないんだけど、ちょっと電車の中では…。後で、ね、後で、話すから。」
「じゃあ、後で。」
結局その後は全く別の話をしながら目的地へ向かった。まあ、焦ることはない、映画もテレビのドラマもなく今日は一日葵と一緒にいる訳だから。
港の見える丘公園には、途中でパンを買ってきた。先立つものの都合があるので、ここはセーブを。
「脇田君、飲み物は私が買うから。」
そう意気込んだものの自販機の前で葵の手が彷徨う。
そうか、
「俺はこれ。」
「私ってダメね。」
「どうして?」
「色んなことを知らなさすぎるから、脇田君に関して。」
「そんなことないよ。本当の俺を一番知っていてくれるような気がするから。」
「えっ?」
「何をそんなに驚いてるの?」
「え、あ、うんん、その、」
葵のこのしどろもどろな状態を僕は結構好きだったりする。人目さえなければ、ありったけの力で抱き締めたいくらい。
でも、何をそんなに慌てふためいているのやら。
「何?」
「あ、えっとね、さっき後でって言ったこと。」
「さっき?」
「そう、楓さんが言ったこと。えっと、あのね、楓さんが、その、私と一緒にいる脇田君が一番脇田君らしいって、そう言ってた。兄弟で同じようなことを言うんだな、と思って。」
「そっか、」
「私は、私と今一緒にいる脇田君が全てで、その脇田君が、好き、なだけなんだけど」
赤くなって俯く葵。ダメだ、本当に抱き締めたくなる。
「ね、後で、暗くなったらどこかでキスしていい?」
僕の言葉に反応したのか、更に赤くなったものの葵は小さく頷いた。
「さ、公園へ行って昼飯しよっか。」
「うん。」
本当は港なんか見えなくたっていい。本当の僕を見てくれている葵さえ見えれば。