だから僕は君の下僕になる
だから僕は君の下僕になる
だから僕は君の下僕になる 1
環境の変化が、僕自身にも大きな変化をもたらした。
中学卒業までの僕は、女子からしてみれば冷たいとか、怖いとか、きつそうとか、とにかくダーク。
それが、高校に入り学ランからブレザーに。
床屋から美容院へ。
床屋のおやっさんの手から、綺麗なお姉さんの手へ、
…なはずだったんだけど何故か僕の担当はサイケデリックな、髪にところどころ紫が入ったお兄さんに。
担当を代えなかったのは、この人の腕が純粋に良かったから。
「安藤君、モテるでしょ?」
ここで否定して謙遜するのって…。だから、イヤ、この人だからこそ本当のことを言う。
「まあ、そこそこ。都築さんのお陰ですよ。」
「本気で言ってる?それって、嬉しいなぁ。君ってさ、その冷たそうな視線と表情に女の子がくらっときちゃうんだろうな。わたしの力で笑わせてみたい、なんて思われちゃって。」
「さあ、それは分からないですけど。中学まではよく怖いとか冷たいとか言われてましたよ。」
今の都築さんの髪型はゴワっとした感のパーマに毛先に少しづつオレンジ。服装はインドのゴアで買ってきたもの。あ、確かにサイケデリックだけど、カミ(LSD)とかガンジャ(大麻)はやってないって言っていた。
「僕って健全なサイケだから、瞑想でトランスするんだ。」っていつだっけか胸を張っていたから。
ついでに朝晩の瞑想の時にふっと過ぎる髪型のアイデアも最高らしい。
まあ、このサイケデリックなお兄さんのお陰で高校に入ってから1年と半、彼女が切れたことはない。
ついでに入学早々、年上のお姉様にチェリーを卒業させてもらった。進学校にいがちな黒髪サラサラ系の冷たそうな美人だったけど、ベッドでは別人。周りのプレッシャーから自分を解放するためにやるって言ってたっけ。
別れた後も何度もしてるけど、彼女とのセックスは凄い。って言うか、ついこの間もしたばかり。受験が近づいているせいか、以前より激しい。咥えられたときなんか、先っぽから全部吸い出されそうなくらい。いこうとするときに、根元をぎゅっと握って『ダメ、まだ』なんて言う表情は、まるで黒髪の魔女。ちょうど前の彼女と別れたばかりで溜まっていたから、辛かった。
あ、科学室に忘れ物をした。
してしまったものはしょうがないけど、面倒。
本当に面倒。
しかも、科学室はよりによってここから一番遠い教室のような気がする。
忘れ物が勝手に戻ってきてくれたらどんなにいいことか。まあ、そんなバカなことはあり得ないから、取りにいくしかない。
告白される、なんて面倒なことがなければ少しはマシだったのに。
しかし、誰かと誰かが付き合い始めたとか、別れたとか、そういうネタは疾風の如く、だな。
「そろそろいいだろ?」
「え、あの、」
まさかこんな時間にこんな所に人がいるとは思わなかった。いや、内容からしたら、こんな時間にこんな場所じゃなきゃいけないのか。
しかし、、、
僕は片方の声の持ち主を知っている。遠藤優。小・中と同じ学校だった子。中学3年までずっと同じクラスで、修学旅行も同じ班だった。いつだったか図書委員も一緒にやった、二期連続で。それに学級委員も。僕と組むのを嫌がる女子の中で、おとなしめの彼女は押し付けられると断れないタイプということだ。
高校入学後はクラスが別々になったけれど、同じ学校なので何度かは見かけた。あの頃よりは大人っぽくなって、きれいになったというのが僕の率直な感想。確か、昔の彼女の髪はいつも肩くらいまでだった。それが今は肩甲骨らへんを過ぎて、後姿にも色気があったような気がする。
同じ真っ黒な長い髪だけど、魔女とは何かが違う。
会話の内容からすると彼氏から深い繋がり、簡単に言えば『やらせろ』と迫られている。人気がないとは言え、科学室というのはどうかと思う。
遠藤は拒否している。ドアの隙間から見える光景と漏れる声からして間違えない。
のぞきの趣味はないけれど、このままここに居れば力の差による男女の絡みを見ることになりそうだ。知り合いのそういうシーンってAVより興奮するんだろうか?
相手の男は拒否の言葉を発する遠藤の口を力任せにキスで塞いでいるようで、このままコトが進んだらレイプまがいになりかねないな。
…で、いきなりスカートの中かよ、片手を。首筋とか乳首とか、もっとあるだろ、いいところが。経験がありませんって言ってるようなヤツだな。
男の手はパンツの中からか上からかは分からないけど、”女の子の大切な場所”のどちらかに伸びたようだ。
遠藤が暴れ始めた。
「うるせぇ、黙れよ。減るもんじゃないんだから。」
減りはしないけど、失うだろうな、処女膜。
どうやら処女ぽいもんな、あんなにもがいて。
…面倒は好きじゃない。
ガラッ
「お取り込み中悪いんだけど、忘れ物取らせて。だけど校舎内でそのお取り込み中はまずいんじゃない?」
進学校ってこういうときにはいいと思う。やっぱこういうことが学校に知られたらまずいもんな。
相手の男は遠藤を置き去りにしてとっとと行ってしまった。
近くで見たら、遠藤のブラは思いっきり見えていた。ふーん、そういうのつけるんだ。
「よかった?それともやられたかった?」
「…」
残酷な質問だったんだろうか?
「ボタン留めたほうがいいよ、下着見えるから。それとも本当は体が火照ってるなら、残りのボタンもはずして。続きを引き受けるから。」
床にペタリとしゃがみこんだままの遠藤がのろのろとボタンを留めていく。
手が震えてる。目が赤い。
「送っていこうか?」
「…」
返事はない。なんだか面倒だ。
まあ最低限のことはしたはず。遠藤はやられなかったし。
ということで、僕がここにいる必要はもうない。忘れ物もあったし。冷たいようだけど、もしかしたら一人のほうがいいのかもしれないし。
「何、」
とっとと帰ろうとしたときだった、ズボンの裾に重みを感じたのは。
「…ありがと、…いつからいたの、」
「さあ、」
「あの、」
「誰にも言わないよ。」
「…ぁ、そうじゃなくて、どうして、」
そこまで言うと、赤かった目からポロポロと涙が溢れた。
…困った、僕が泣かせたわけじゃないけれど、
「立てる?送っていくよ。」
さっきの送るは疑問形。今度は言い切りの肯定文。
そして僕の申し出に頷く遠藤。それからどれくらいかけたのか、重そうにヨタヨタ立ち上がった。
しかし、さっきのヤツ随分余裕がなかったんだな。可哀想に遠藤のシャツの裾のボタンがいくつかない。スカートからシャツを引っこ抜くだけじゃなく、ボタンまで力任せに引きちぎってどうするつもりだったんだ。
幸いにも目につき易いところに3つとも転がっている。
「ほら、ボタン。」
拾って渡すと、遠藤が顔を赤らめながらありがとうと言った。
「あのさ、僕の家の方が少しだけ学校に近いから、それ、縫ってく?家の人に見られたくないだろ?」
「でも…」
「両親とも仕事だし、姉貴は家を出てるから。」
「…」
あ、そうか、
「安心して、襲ったりしないから。」
「…ごめん。折角親切にしてもらってるのに。」
駅までの道のりを遠藤は鞄を前に抱えて歩く。
ボタンがないのを隠すために。9月の茹だるような暑さのせいで、ニットベストは持ってきていなかったから。
男友達なら、グラビアアイドルの乳がいいとかなんだとかの話が出来るけど、さて何を話せばいいのやら。
沈黙が痛い。
今までの彼女達とは思い出せない程度の話しかしていない。僕がたまに頷けばいい程度の。だから、適当な会話の意図口が見出せない。
「…あの、彼女、大丈夫?」
ああ、そんなことを気にしてくれていたんだ。
「別れたから、今はいないよ。」
「あ、ごめんなさい。」
「別にいたところで、あの状況で遠藤を置き去りにして突き放すことはできないだろう。昔からの知り合いなんだから。」
「ありがとう。安藤君は相変わらず優しいんだね。」
「優しい、僕が?」
「うん。図書委員のときだってそうだったし。」
「図書委員の時って?」
「安藤君がおうちの用事で凄く申し訳なさそうに帰った日があったでしょ、あの時わたし分かったの。」
「何を、」
「安藤君がいつも奥の薄暗いところと高いところの本を返却してくれていたって。」
「…」
「何も言わないで、さらっとそういうことを出来る人なんだって。それから何となく気にしていたら、クラス委員の時だって、修学旅行の時だって、いつもだったから。高校に入って周りの人もそれに気付いたのね、いっつも彼女が、」
「…それはどうかな、」
いや、今は違うよ。誰かに優しくした記憶なんかない。それに遠藤に親切にしたのだって、そもそも遠藤が僕に分け隔てなく親切にしてくれたからだ。
そう、遠藤はいいヤツだ。そんな遠藤をあのまま放置しなくて良かった。
「あれ?」
「あ、去年立て替えたんだ。」
そっか、前に修学旅行の自由行動かなんかを決める為に来たのは中学のときだもんな。
「何か凄くモダンな感じ。前の純和風も良かったけど。それにしても大きな家だね。」
「どうぞ、入って。」
「あ、はい。」
「アイスコーヒーでいい?」
「あの、気を使わないで。もう十分色々してもらってるのに、これ以上、」
「ついでだから。自分の分だけって訳にもいかないし。牛乳入れる?」
「…じゃあ、多めに。」
「そこ座ってて。裁縫道具もってくるから。」
リビングのソファにちょこんと座る遠藤は確かにきれいになった。
「脱いだほうがつけやすいなら、そのTシャツ使って。奥のバスルームで着替えられるから。」
ボタンてシャツ着たまま縫えるもんなのかな、そんな疑問が頭を過ぎったので、裁縫道具とTシャツを一緒に渡した。
「ありがと。でも大丈夫。ボタン、下の3個だから。」
「あ、うん。」
ゆっくりとアイスコーヒーの支度をしながらリビングに戻ると、遠藤が2個目のボタンをつけていた。
「音楽かけていい?」
「あ、うん、どうぞ。」
何を話せばいいのかやっぱり分からないので、音楽と雑誌に逃れた。
「あの、わたし、もう、処女じゃないのかな?」
「え、」
遠藤の予想外の質問にすっとんきょな声が出てしまう。
「あの、さっき、」
ああ、さっきのか。見ていた限り挿入はなかったけど。
もしかして、指、、、直接入れられたんだ。ホント、いきなりなヤツだな。
あの状況じゃ、濡れてるわけないから痛かっただろうな。
僕は男だからその痛み自体は分からないけど、痛かったであろうことは容易に想像がつく。
「処女のままじゃない。最後までやってないんだから。」
「でも、彼、その、」
「指だけでしょ。男のアレはもっと太いし長いよ。よっぽど乱暴に何かされなきゃ、削られないんじゃない、処女膜。」
僕の言葉に『かーっ』という音が聞こえるんじゃないかと思うくらい赤くなる遠藤。
やっぱりきれいになった。
「あのさ、付き合っていたらいつか求められると思わなかった?好きあっていたら当然そうなる可能性大なんだから。」
赤くなって縮こまっている遠藤を見ていたら、思わず責めるような口調でこんな言葉が出てしまった。
「初めて、好きって告白されて、嬉しくなっちゃったの。優しくて、いい人だったし。だからわたしもきっと好きなんだと思って、でも、」
「ごめん、泣かなくていいから。」
「怖かった、怖くて、痛くて、もうダメって。だけど安藤君が来てくれて、助かったって思った。そうなの、助かったって思っちゃったの。おかしいでしょ、好きな人なのに、…ううん、分かってる、違ったの、ただ高校生になって、誰かと付き合うなんて今までとは違うことに浮かれてて、」
「もういいよ。早くボタンつけちゃいなよ。」
「うん、ごめん、迷惑掛けて。」
「迷惑なんて思ってないから。」
「ううん、あの時、安藤君すごい怖い顔してた。」
「それは怒ってたんじゃない?迷惑だったら怖いっていうより、イヤそうな顔すると思うし。ついでにボタンつける場所なんか提供しないから。」
「…ありがとう、あ、あの、ちゃんとお礼はするから。」
「いいよ。別に。それより明日からどうするの、さっきのヤツ同じクラス?」
「不幸中の幸いなのかな、隣のクラス。去年同じクラスだったんだ、それで、」
「ふーん、どういうヤツか分からないけど、どうせ同じ方向だし明日から一緒に帰ろう。迎えに行くから、教室まで。で、遠藤って何組?」
「え、あの、」
「だからあんな状況だったわけだから、ヤツだってそれなりの怒りがあるから、」
「あ、でも、」
「小学校からの付き合いじゃん。これって友達って呼べるんじゃない。家が同じ方向の友達と一緒に帰るだけだよ。」
「でも、」
「僕が友達じゃ何かまずい?うーん、だったら、いいや、下僕にでもなるよ。」
「ゲボク?」
「そう、下僕。遠藤には、んーあんまり使い勝手はよくないけど、召使が一人出来たと思えば、」
「そんなのムリ、ムリ。それに、一緒に帰るなんてもっとムリ。」
「だから下僕が毎日迎えに来ると思えばいいじゃん。友達だと変な気を起こしかねないけど、僕も自分自身を下僕だと思っていれば、任務を履き違えないし。」
「任務って、、、」
「あのタイミングであそこに居たこと自体何かの縁みたいだから。」
「でも…」
「ホント言うと僕もありがたいんだ。当分誰とも付き合いたくないから。なんか自意識過剰発言ぽいけど、傍に女の子がいないと告白されやすくて。節操がない風に見えるんだろうな。」
当分女の子の面倒から解放されたいってのは本音。
小学校から知り合いの遠藤だったら、傍にいても気を気を使わなくて良さそうだし。結構いい選択だと思っている。
「節操なしなんて。そんな風には思われていないよ。ただ、もててるんだよ。」
「ん〜どうかな。まあとにかく明日から迎えにいくよ。そんなじっくり見てはいないけど、元カレが変なタイプだといけないから。」
「…元カレ、やっぱ終わってるよね?わたしから何か言う必要はもうないよね?」
「あそこで拒否ったんだから、復縁するにはやらないとムリじゃない。『ごめんなさい、あの時は怖かったけど、あなたとなら、本当はしたかったの。』とか言って。」
「…復縁だなんて。終止符を打つ必要があるかどうかのほう、わたしが気にしていたのは。」
「だったら何も言わない方が懸命じゃない。相手を刺激するのも良くないから。ところでボタン大丈夫?」
「うん。」
「じゃ、家まで送るよ。」
「あ、そんな、もう大丈夫。」
「いいって、僕は君の下僕になったんだら。だから君が忘れろって言えば、今日のことは何も見てないし、聞いてない。」
そう、そうすれば面倒なことは何もなかったことになる。
家まで送る途中提案してみた。
「気分転換に明日髪切りに行かない?」
「え、短くする気はないよ。」
「うん、短くさせる気はないよ。ただの気分転換。僕の担当の人、凄くいいんだ。きっと遠藤を今以上にきれいにしてくれるから。」
「きれいだなんて、、、でも気分転換はいいかも。一緒に行っていいの?」
「違うよ。僕は下僕だから。」
「あっ、明日、わたしを、美容院へ連れていって。」
小さい声で下僕に命令を下す彼女の表情は緊張に恥ずかしさが混じったような、ちょっと、いやかなりそそるものだった。