happy end

 

前編


雨は降らなかった。

晴天。

秋の空はこんな都会でも、限りなく青く、目にしみるほど無邪気に澄み渡っている。


そしてそのドレスはその空とは対照的にどこまでも白い。


「なっちゃん、おめでと、」

「夏樹、」

彼女の友人が最高の瞬間を写そうと声を掛ける、ライスシャワーの中。


そんな中、不意に僕と目があった彼女の口が音を立てずに動いた。

(てっちゃん、ありがとう。)

何故か、夏樹がそう言ったような気がした。



大丈夫だよ、夏樹。今は心から祝福できるから。


あれから心には色々な変化があったけど、今は僕の最愛の人、イヤ、最愛の人だった君へ素直に祝福を贈れる。



「あれ、杉山さん?」

「あ、」

「松本です。」

「ごめん、いきなり声を掛けられたもんで、名前が出てこなくて。君もいたんだ、ここに。気付かなかったよ。」

「わたしもです。驚きました。杉山さんはどっちの?」

「どっち?」

「新郎と新婦ですよ。」

「ああ、なつ…、新婦。」

「だからですね。わたしは新郎側だったから。大学時代の先輩なんです。今日はもうサークルの同窓会みたいで、楽しかった。」

「じゃあ、僕はこれで。」

「え、二次会行かないんですか?」

「ああ、」

「じゃあ、折角ここで会えた記念に写真とりましょ。友達に頼みますからちょっと待ってて下さい。」


そう言って、松本さんは小走に僕の前から消え、次に姿を現したときには友達を連れていた。

「折角正装してるんですものね。」

彼女の腕は僕の腕にするりと絡まり、寄り添った。

「杉山さん、少しは笑顔で。」


無邪気な空の下で僕は笑えていたのだろうか…







「杉山さん、今、ちょっといいですか?」

昼休み、自席で雑誌を捲っていると先日の結婚式で顔を合わせた松本さんに声を掛けられた。


そして、三枚の写真を見せながら彼女はそれを差し出した。

二枚は僕と彼女の写真。そして一枚は夏樹がその夏の太陽のような笑顔で微笑んでいる写真。


僕の表情を覗きながら彼女は「新婦さん、本当にきれいな人ですね。」といった。

だから僕はなんでもないように、僕達の関係を口にした。

「同じゼミを取っていたんだ。僕らは同級生で、過去においては付き合っていた。」

過去においては。確かに。けれどもその過去というのは、つい数ヶ月前をあらわしていることは敢て言わなくていいと思った。


もともと大きな松本さんの目は、僕の発言でさらに大きく見開かれた。

信じられない、どうして、そんな言葉が続きそうだ。

「勿論、心から祝福していたよ。それに何か問題がある関係だったら招待状なんか来ないだろ。」

「まあ、そうですね。」

「いくら?」

「え、」

「写真代。」

「いいですよ、たった三枚なんですから。それとももっと新婦さんの写真いりますか?先輩も一緒のばかりですけど。」

「いいよ、目に焼き付けたから。」

彼女は僕の心情でも汲み取ろうとしたのだろうか、そのまま何も言わずに去っていった。


夏樹にとっては結婚式。僕にとっては決別式だった、夏樹との、思い出との。

そして間違えなく、二人にとっての新しい門出。


「杉山さん、」

「何、松本さん、」

さっきの松本さんがまたやってきた。


「これ、どうぞ。」

松本さんは、何やらお菓子を差し出した。


「悲しいときに甘いものを食べると、ちょっとは心の傷が癒えますから。」

「ありがと。」

僕は会社での、否、世の中を渡る為の営業用スマイルでお礼を伝えた。


「いいですよ、そんな無理しないで下さい。この間の杉山さん、会社で見るのとは違ってすごく自然でした。わたし、今まで杉山さんてすごく感情がなくて怖いなって思ってたんですけど、この間の杉山さんは良かったです。」

彼女は僕に言葉を発する時間を与えず、そのまま去っていった。何やらクッキーだとかチョコレートをおいて。


「あれ、今の松本さんだ、」

昼食から帰ってきた同僚が彼女の後ろ姿を眺める。

「そうだよ、松本さん。」

「杉山知り合い?」

「知り合いって程じゃないけど、知ってる。」

けれど、こんな短時間で彼女は僕を見抜いた。

「目、くりくりで可愛いよな。」

「そうだな。」


新しい門出に、あの青く澄んだ空が僕にくれたプレゼントかもしれない、彼女は。

写真とお菓子のお礼に、今度食事でも誘ってみよう。



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