楽園のとなり

 

 起きたくない 

 会社へ行きたくない 


毎朝頭の中で自分という名の誰かが囁く。

繰り返し、繰り返し。

まるで呪文のように。

その言葉に従えば、………逃げられるのだろうか、この現状から…







8ヶ月前、彼女は、というより彼女とその周囲は大きな問題を抱えていた。

自分達の行末という。


あれから9ヶ月たった今でも彼女は悩みを抱えている。

周りの人たちは解放されたというのに。








水森響子(みずもりきょうこ)は県下でも上から数えて5本の指には入る進学校を卒業した。残念ながらその中では彼女の成績は下から数えて常に3050番以内だったが。

よくある話だ。

中学までは頭が良かった子も、その集団に入ればその中で定位置を築く。

人と競い合うことが苦手な響子の成績は、当然のこととして下の方で定位置を築いた。下の方にいた響子だったが、それなりの高校のお陰でなんとか大学には進むことができた。


進めたと言っても、勿論名のある大学ではない。だから、就職には苦労した。

響子としては苦労したのは、大学名ではなく当時の景気が原因だと思うようにしている。それが、中学までは頭が良く、それなりの高校はでている響子のどうでもいいプライドというところだろう。



勤めた会社は総勢60人ちょっとの会社で、地震がきたらまず駄目だろうと目を塞ぎたくなるようなビルのフロアーを二つ借りていた。

響子の部署は総務部。総務部は経理部の隣でビルの4階に位置していた。

同期は男の子が一人で、彼は企画。階は、3階。まあ仕事の内容も違うし、階も違うので、同期と言ったところでたまに愚痴を言い合うために喫茶店へ行く程度だった。


入って3年はそれでも何事もなく過ぎていった。ところが、4年目の夏くらいから隣の部署、すなわち経理部の雰囲気にぴりぴりするものを感じるようになっていた。

9月の終わりに総務経理部長が去った。


これくらいの規模の会社は良くも悪くも状況が見渡せる。そして、この会社でそれを一番把握できたのが総務経理部長。

そのころから『会社潰れるかも?』説が女子トイレで囁かれるようになったのは言うまでもない。


当時の響子の悩みは冬のボーナス。月々の大した事のない給料の代わりに当てにして使ったカードの明細を考えると、街にある消費者金融の看板がクローズアップして視界に飛び込んでくる有様だった。


そんな折、帰りにたった一人の同期から声が。

「響ちゃん、元気?部長辞めてから仕事大変?」

「そうでもないよ、元々私と課長だけの部署みたいなもんだったから。それに比べたら経理は大変そうだけどよ。」

「そっかぁ。ところでこれから少し時間ないかな。」

「うん、大丈夫。」

「じゃあ、この先のカフェで。」



二人が同期会を催すのはいつも同じカフェ。偶然とは言え、二人ともアルコールに弱いため。

酒が入らなくても、いつも二人はそれぞれの愚痴をこぼし合っていた。

しかし、この日はいつもと話の切り出しが違った。


「うちの会社のことは分かってるよね。」

「うん、まあなんとなくね。」

「でも、僕を信じてもらえるなら今は踏みとどまるんだ。」

「踏みとどまる?」

「そう、11月に入れば間違えなく冬のボーナスが支給されないことが発表される。そうすれば総務経理の福島部長が辞めたこともあるから、転職の為に会社を辞める人もでてくると思う。でも、どんなに周りが何か言っても辞めちゃいけない。」

「分かってるよ、篠ちゃん、私だって総務の端くれよ。自己都合より、会社都合の方が失業保険をもらい始めるのが早いことくらい知ってるってば。それに営業の人とかじゃないから、会社の先行き絡みでクレームとかも言われないんだし。」

「うん、まあそれでもいいや。上手くいけば、今よりいい道が開けるから。」

「なあに、篠ちゃん、何か含んだようなものの言い方ね。」

「うん、まあね。」

「なに~、何か知ってるなら教えてよ。」

「じゃあ、ヒントだけあげるよ。響ちゃんが2年目にしてくれた仕事がもしかしたら幸運への切り札になるかもね。」

「ふ~ん、私なんかしたっけ?」

「まあ、いいよ。そのうち分かるはずだから。」




篠原の言葉通り冬季賞与の支給は凍結。それを受けて社内でもいよいよかもしれないという空気が漂い始めた。



小さな会社の総務は別名何でも屋。1月の終わりくらいからは、退職者の手続で以前よりも忙しくなった。

会社が潰れかけているのに仕事が忙しくなるなんてと響子は思わずにいられなかった。



3月になると何故かスーツをビシッと着た人達が、彼らの立ち居振る舞いからは似つかわしくないこの建物にやってくるようになった。

女子トイレでは、彼らは国税局の人間だとか、実はやくざだとか、とにかく色々な噂が流れる。

経理のお局は、この規模の会社に国税は来ないとピシャリと言っていたが、響子のような小心者には会社が何か悪いことをやっていて偉い人がきているように思えていた。




310日、その日の天気は雨。

小さな会社に大きなニュースが駆け抜けた。




「前に言ってたのってこのことだったんだ。」

「まあ、そんなとこ。でも、あの時はまだ、身請け会社が決まってはいなかったんだ。」

「そうなんだ。でも、びっくり、まさかあの五和コーポレーションの会社に吸収されるとは。」

「僕としては自信があったけど、本当にあの五和と話がつくとは思っていなかったよ。これも響ちゃんが特許庁に何度も足を運んでくれたからさ。」

「私はただ書類を運んだだけだよ。でも、本当にびっくり。篠ちゃんてすごいんだ、その特許のおかげでみんな仕事を失わなくてすんだんだから。」


篠原は社長の親族だそうで、響子とはランクの違う大学の出だ。そんな彼がこの会社に就職したのは、やはり身内のためだったのかどうかは知らない。けれど、篠原が取引をしている町工場で製作されているものに新しいアイディアを加え、それを特許申請していたことが日本でも大手グループ会社に吸収してもらえる切符となった。しかも、給与などに減給もなく。


それから響子の仕事は前にもまして忙しくなった。ちょっと前までの理由とは違うので、気分はまったく違うが。


3月の末には次の会社への辞令が残っていた41名にでた。

多くの人間が同じ分野の会社へ行くことになった。響子も篠原も。

その会社の中で響子が行く先は『開発部門 ソリューション技術部 第3グループ 総務担当』。

その日、会社を閉じてから篠原とお茶をした響子は思わず聞いた。

「篠ちゃん、ソリューションだって。大きな会社は部署名に英語っていうかカタカナがつくの?で、ソリューションって何?」

「ま、行ってみれば分かるさ。まあ、たぶんだけどなんかシステムを作ってビジネスモデルを提供している部署の総務じゃない。会社で何か困っていることに対して解決策を売り込む感じ。」

「ふう~ん。でも、どうやら総務にはかわりなさそうだからいいっか。」

「響ちゃんらしいね、その納得の仕方は。」


二人は今までのこと、これからのことをカフェが閉まるまで話した。





次の日、即ち41日、響子は緊張しながら新しい会社へ向かった。

元いた会社からの35名はひとまず会議室に集められ、福利厚生だとか会社の仕組みだとかの大まかなルール説明を受け、支給された弁当を食べた後、それぞれの部署へ散った。


エレベータは自社ビル内に数基あるし社食もある。それに、一階には総合受付まで。

さっきの福利厚生説明時には会社保有の保養所まであると聞かされ、この会社がいままでとはまるで別物であることを響子は実感していた。


建物の8階に開発ソリューション技術部なるものはあった。入るときにはドアの横にある何かの機械に顔写真付きのカードをスキャンする。良くは分からないけれど、そうするとドアのロックが解除される。


総務部の人に続いて目的の部署へ行くと、どうやらその部署の出迎え担当の人が自分を見て会釈した。

「水森さんですね。これから宜しくお願いします。僕は第3Gの小出と申します。今日は主任が外出なので、僕から色々説明させてもらいますね。」


この会社では、部の下にいくつものグループがぶら下がっていて、そのグループにはそれぞれ主任なる人物がいる。グループはせいぜい814人構成。そして、そのグループ秘書のような役割として総務担当がいる。交通費などの小口現金精算、交通機関の手配、その他大元の総務や経理からの連絡に速やかに対処する。


小出の話によると今までは、隣のグループの総務担当が兼任していたとのこと。その話、そして自分が配属されてきたことからも、その役目に大きな責務がないことを響子は薄々感じた。

会社が男性社員に宛がった結婚相手候補、もしくは面倒な仕事に時間をさかれないようにするためのグループの小間使い、そんなところだろう。


そんなことをぼーっと考えていた響子を、小出が隣のグループへ連れていった。今まで兼任で総務担当をしていた坂井知世に引き合わせるために。要は、詳しいことは知世から聞いてくれてということらしい。


知世はさっぱりとした性格で曲もなく接しやすかった。そして知世が言うには、響子が担当する3Gは非常にやり易いとのこと。何故なら、皆そんなに手のかからない良い子ばかりだから。更に、他の女子社員から羨まれるほどいい男である主任とクサカベがいるということも教えられた。




響子は恋愛経験が極端に少ない。

高校のときに好きだった人に告白をしたもののこっ酷く拒絶された過去が、恋愛に対し引っ込み思案にしてまったという経緯がある。

兄弟姉妹は妹が一人。男友達ははっきり言っていないに等しい。大学を出た頃は電話をしてくる同じゼミだった人もいたけれど、気がつけば二年以上話していない。同世代の男性で話をしたと言えば、以前の会社の篠原だけ。だから、初日は小出にグループの面々を紹介されて声が震えた。


声が震えている響子を、グループの数人は好感を持って接していた。なにせ大きな会社ともなると、それなりに合コンは行われる。響子はそんな中にはなかなかいないタイプに映っていたようだ。


次の日は直属の上司と顔を合わせる初日になるので、響子は心持早めに出社した。そう言えば、知世が主任はいい男だと言っていたのを思い出しながら。

どんなに恋愛に奥手でも、やはりいいものは見てみたい。それが、響子を少し早めに出社し心象を良くしようとしたもう一つの要因だった。


会社に着いて今日もまた自社ビルの大きさに驚き、中の設備に驚き、8Fの部署にたどりついた響子はそそくさと自分の席へ向かった。

昨日は人の気配がしなかった隣の席に今日は気配がある。そう言えば、小出は昨日主任とそのお供で誰かがいないと言っていた。名前はクサカベ、高校のときに響子をこっ酷くふった男と同じ名前。よくある名前ではないが、世の中そんなに狭いはずはない。響子はいそいそと自席につき、身の回りを整頓し始めた。


間もなくして、自分の方向を目指して歩いてくる姿に何やら見覚えがあることに響子は気づいた。

心では否定するものも、その面影は先ほどその名前を思い出した日下部亜樹(くさかべあき)だった。


いくら蟠りがあったとはいえ、亜樹も響子もあの頃のままではない。勿論、大人として挨拶を交わす。

亜樹は響子に対し何の抑揚もなく『水森さんですね、これから宜しくお願いします』とだけ言った。まるで今はじめて会ったように。

そう言われてしまうと響子とて『こちらこそ宜しくお願いします』としか言えない。

ここは会社なので、そんなことにぼーっと想いをめぐらせている場合ではないし。何より、主任の席へ向かう人物が来たのでその人に挨拶をしなくてはならない。


「昨日からお世話になっています水森です。どうぞ宜しくお願いいたします。」

「こちらこそ宜しく。何か困ったことがあったらいつでも言って下さいね。」

知世が言っていたことがよく分かった。このグループの主任こと御厨雅徳(みくりやまさのり)は本当に丹精な顔立ちをしていた。付け加えるなら日下部も時が流れ、昔の幼さが消えこれまた目の保養になる顔立ちだった。


もし日下部と同じ高校、しかも告白してふられたという過去さえなければ本当に周りの女子社員から羨ましがられる自分がいるのもうなずけると響子は思っていた。




大きな会社であれ小さな会社であれ、新しいスタッフが入れば行われるのが歓迎会。

勿論3Gでも8Gと合同で行われることになった。8Gと合同になったのは、そこにも響子と同じ境遇の社員が入ったからなのだが。わざわざそんな気を使ってくれたのが御厨だった。やはり、こういう話は上のもの同士が話すと早い。しかも一番予定を固定させるのが困難な二人が日取りも決めたのだから、その後を丸投げされた小出と8Gの幹事社員も後は楽だったに違いない。


響子としては8Gと合同で本当に救われた。なぜなら3Gには女子社員が響子しかいないので。

それに比べて8Gは今回入った三浦朱里(みうらあかり)の他にも女子社員が二人いる。

まあ会社というところで仕事をするためにいるわけだから、周りに男しかいないとかそういうことは言ってられないが。


数日するうちに、響子は他のグループの総務担当女子社員たちと仲良くなり始めた。フロアーには8Gのように総務ではない女子社員もいるのだが、不思議とあまり交流がないらしい。


配属から約10日、その前の日まで日下部と交わした言葉は挨拶程度。ところが、歓迎会のあるこの日は違っていた。

「水森さん、今日は五時半定時でみんな仕事を終わらせて、その後お店へ向かうから。」

まあ事務的な内容ではあるが、話しかけられた響子はびっくりした。

そのせいで、すっとんきょな声で返事をしてしまったくらいだ。


「水森さん、余計なお世話かもしれないけど気を付けたほうがいいよ。」

「何がですか?」

「ここは会社だから、飲み会で何かしでかして変な噂がたつようなことだけは。そこまで言えば何のことだか分かる、だろ?」

そう言うなり、亜樹は前を向いてしまった。

変な噂、響子は何のことかさっぱり分からず仕舞いだったが、亜樹の口調がやさしいとは言えない、というより厳しいものだったのでそれ以上は聞けなかった。


1700を過ぎたくらいに御厨がグループの皆に向かって声をかけた。

「仕事はちゃんと区切りがつくようにマネージしろよ。今日は8Gと合同なんだから迷惑を掛けないようにな。」

御厨は仕事のことから個人のことまで色々なことに気がまわり、どうやら顔だけでなく上司としても申し分がない人物だった。響子の職務がら御厨との関わりが大きい。だからこそ数日でそれを感じた。


御厨雅徳、32歳、そして独身。彼女がいるのかどうかは、プライベートがあまり漏れていないので分からないということを他の女子社員が教えてくれた。

だからこそ、歓迎会でその手のネタを仕入れるように響子は周りにせっつかれている。

そしてこういう場では、歓迎される者はたいていその部署の長のとなりか前に座ることになっている。

響子と朱里はそれぞれの主任の横に座ることになった。


8Gの主任の挨拶、御厨の挨拶が終わると歓迎会は順調にすべりだした。響子の周りには3Gの男性社員だけでなく8Gの男性社員も時折ビールを持ってやってくる。その度に、御厨が響子はアルコールがあまり飲めないことを伝えやんわりとかわしてくれた。


「すいません、せっかく歓迎会をしてもらっているのに。本当にあまり飲めないもので。」

「水森さん、無理は禁物ですよ。それにひっくり返られたら、そのほうが困りますからね。」

「ありがとうございます。」

「ところで仕事は慣れましたか?」

「どうなんでしょう?まだ客観的に判断するには至らないので。」

「そうですか。うちのグループとしては、ま、こういう席だから言ってもいいのかな、きれいで可愛い水森さんが来たお陰で喜んでいる連中が多いようですけど。」

「そんな、主任、そんなことないですよ。」

雅徳は顔を真っ赤にしながら俯いて必死に否定する響子を見入っていた。


「主任、水森さんをいい加減解放してくださいよ。さっきから一人占めじゃないですか。」

だいぶ皆が出来上がってきた頃、小出が再び響子のところまでやってきた。今回は亜樹を連れて。

響子に変な緊張感が走る。何故なら亜樹の顔はどう見ても機嫌が良いとは言えないものだから。

強いて言うならあの時の顔、高校3年のときにようやく響子が気持ちを伝えたときに思い切り断られたときに似ていた。


「水森さん、こいつ無愛想でしょ。隣で怖くない?」

「あ、そうなんですか?そんなことはないですよ。」

挨拶は毎日してるから、と流石に付け加えられないものの勿論社交辞令で小出に返した。

「いいよ、そんな気を使わなくて。でも世の中間違ってるんだよ、こんなに愛想が悪いのにこいつ何故か女性受けはむちゃくちゃいいんだよね。」

「そうなんですか。」

そんなことはとっくに他の子から聞いて知っているけれど、やはり会話の流れを尊重しなくてはいけないと響子は当たり障りのない回答を重ねた。




高校の時に同じクラスだった亜樹は、今とは違う雰囲気をまとった人物だったと響子は記憶している。

二人は一年と二年の時に同じクラスだった。

一年の一学期が進むにつれ、亜樹はクラスでも頭のいい子と認識されるようになった。事実、響子は亜樹の数学やら物理のノートによくお世話になっていたものだ。ノートを写しているときに、亜樹は簡単ながら答えの導き方を補足してくれるくらい親切だった。

響子が亜樹にひかれたのはそれだけが理由ではない。当時の亜樹の穏やかな雰囲気がなにより好きだった。一緒にいると安心するような。


亜樹を想って2年近く過ぎた三年2学期の終わりに、響子は一大決心をした。自分が二年近く亜樹を好きなことをただ伝えようと思ったのだ。

その決行日は、当時亜樹への告白の相談にのってもらっていた友人とじっくり考え、同じ選択教科がある日にすることにした。

「日下部君、放課後にまたここに来てもらえる?」

心臓が今にも飛び出しそうだったが、なんとか小さな声で他の人間に聞かれることなく響子は用件を伝えた。

「今じゃダメ?」

亜樹は怪訝そうにそう切り替えした。

「うん、ちょっと。もし、日下部君の都合がつかなければ今日じゃなくても。」

うな垂れた響子を見て、亜樹はじゃあ分かったと最終的に承知をしてくれた。


放課後、響子が少し待っていると亜樹が現れた。

「ごめんね、わざわざ来てもらって。」

「で、用件は。」

「あの、あのね、その、実は一年のときからずっと好きだったの。」

「へぇ、それで。」

「それでって、その、ただ気持ちを伝えたくて。それだけなの。」

「それがいつもの手なの?」

「いつものって?」

「悪いけど、水森にそう言ってもらってもぜんぜんうれしくない。」

そう言うなり亜樹は出て行ってしまった。そして次の日から、どんなに響子が話しかけても亜樹からの言葉は返ってくることはなかった。




その時と今とを比べれば、挨拶をしあっているのだから救われる。

けれども、小出に連れてこられた亜樹から言葉がでる様子はない。そんな状況に響子はそんなに飲めないビールをすすりながら、時間をやり過ごすしかなかった。


その時間を除けは、歓迎会は楽しいものだった。

グループ内での各人の役割がなんとなく伺えたし、御厨の好きな食べ物や好きな季節の調査も出来たので。


二次会はそれぞれのグループにて行われることになり、3Gは若手が多いこともありボーリングへ行くことに。金曜の夜という割には、すぐに3レーン並びでおさえられた。


この日は団体戦を行うことになり、優勝商品はボーリング場によくある自販機アイスに決定。

ルールは2ゲームの合計点を人員数で割るということと、響子のみ得点を1.2倍にすることになった。


レーン数に合わせて、3つにグループ分けがなされた。響子は御厨と同じグループになり、隣のレーンには亜樹がいた。


響子がボーリングをしたのは何時以来だろうか?本人も覚えていないくらい前なのは確かだ。

けれどもグループ戦なので足を引っ張るわけにもいかない。


顔に出易い響子の緊張感を覚った雅徳はそれとなく響子に声をかけた。

「水森さん、緊張しているようだけど大丈夫ですか?」

「主任

響子の弱々しい視線に雅徳はやさしく微笑み返す。

「私、ボーリングって随分昔にしたっきりしてないんです。なんで、皆さんの足を引っ張ったらどうしようかと思って。」

「たかがアイスをかけたゲームだからそんなに緊張しなくて大丈夫。」

「でも、同じグループの皆さんのやる気はすごいじゃないですか。」

「水森さんが同じグループだからですよ。ま、気楽に。投げ方くらいはアドバイスできますから。」


雅徳のアドバイスやら同じグループの悪ふざけやらで、最初の緊張はとけボーリング大会も響子にとって楽しいものとなった。何よりも、亜樹と同じグループにならなかったのも幸いした。


三次会は一部の人間だけで行われることになり、響子は丁重に断り帰宅することになった。

全てにおいて、『たら』・『れば』、ついでに『もし』はありえないが、もしここで誰かが強引にでも響子に三次会の参加を促していたら響子の毎朝の出社拒否の気持ちは芽生えなかったかもしれない。




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