気ままな10月、日曜日

 


予告編



「あれ、木内さん?」

「あ、えっと、」

「脇田、脇田要。」

「ごめんなさい。顔はよく知ってるんだけど。びっくりして、名前が出てこなくって」


日曜の朝、私は映画館へ入場する列の中で突然クラスメートに声をかけられた。それも、クラスでは盛り上げタイプでよく目立つ子に。すごくカッコいいわけではないけど顔は整っている脇田君。本人が名乗るまで、名前が出てこなかったけど…。


私はといえば、映画馬鹿というか、スクリーンの世界を夢見すぎて現実が分かっていないタイプ。この春2年になったけど、賑やかな女の子達の会話には入らず、自分の世界を守っている。


こうして、映画館の前で並んでいるときも空想の世界に没頭していたので、声をかけられてもすぐには目の前の現実が分からなかった。


同じ学校の同じクラスの人、と言う訳で私達は隣同士に座った。そんなに、というより仲が良い訳ではないから、かなりお義理。かと言って、ぜんぜん別のところに座る理由もない。微妙。


微妙と言えば、この上演まで時間。予告編が始まるまでにはまだ時間がある。やっぱり何か言葉は発したほうが人間として当たり前だろう。


「単館好きなの?」

「ん、まあ。」

クラスで目に入るときは、もっとこう、何て言うの、ノリがいい人だと思っていたけど、交わした会話はあっさり。会話に膨らみが全くない。

困った、予告までの少しの時間がこんなに長いなんて。


「あの、トイレに行ってくるから荷物見ていてくれる。」

「いいよ。」

「ありがとう。」


帰ってくると、入れ替わり脇田君もトイレに向かった。

脇田君の気配が隣から消えると、私の口からは大きな溜息が一つ。

いつもは一人でくる映画館なのに、隣にただのクラスメートがいるだけで結構しんどい。これが、せめて仲の良い子とか、映画の趣味が同じとかでいつも話している子なら多少はちがうんだろうけど。


「はい、これ。」

どうでもいいことを考えていたら、不意に目の前に手が出てきた。見上げると脇田君が戻ってきて、席に座るところだった。手には飲み物ホルダー。ああ、持っていてってことね。

脇田君が座席に着き、落ち着くのを見計らってホルダーを返すと、変な顔をされた。何か変?座席について直に返されても困ると思ったから、ちゃんとそれなりの時間は見計らったはず…。


「好きな方、とって。」

「は?」

「飲み物。」

「あ、」

そういうことか。買ってきてくれたんだ。でも、私、この人に飲み物を買ってもらう理由はない。


「木内さん、普通飲み物が二つあったら一つは自分のものだと思わない?」

「ぜんぜん思わなかった。だって、私には脇田君にそうしてもらう理由がないじゃない。それに、脇田君が凄く喉カラカラなんだと思って。」

そこまで言うと、脇田君の顔が今日初めて笑ったような気がした。

「隣に誰かいて、自分だけ何か飲むなんて感じが悪いこと、俺しないよ。」

渡されたカップを座席のホルダーに差し込んで気がついた…、お金。


「あ、じゃあ、お金払うね。」

「別にいいよ。俺が勝手に買ってきただけだから。」

「でも、」

お財布を出そうとした右手を脇田君の左手に阻止された。


「あの、手」

「ああ、木内さんがお財布ださないように。」

そう言って、脇田君の左手は掴んでいた私の右手を包み込んだ。


これって何か変じゃない、脇田君。私は今は隣の誰かで、学校に行けばクラスメイト。

そのことを伝えようと思ったら、上映のご案内のアナウンス。そして館内は暗くなった。



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