夏休みの算数

 

     

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受験勉強を一緒に頑張った歌乃子。彼女がいたから、わたしには少し厳しかったこの高校に受かることが出来たと言っても過言ではない。

その歌乃子と同じクラスになれて良かったと思った高校1年の4月。早いものであれからもう2年以上経ってしまった。そして、今度は大学受験が待っている。

 

 

「あ、哉多(かなた)だ。こうして見ても分かるくらい背、伸びたよね。」

「うん、昔はわたしとそんなに違わなかったのに。」

「相変わらずなの?」

「何が?」

「二人の仲に決まってるじゃん。」

「相変わらず?そもそも普通だよ。変化のしようがないでしょ、わたしたちは。」

「そうかなぁ。1年半くらいでしょ、二人で下校しだして。」

「だってそれは歌乃子達みんなが彼氏を作ったからじゃん。」

「こんなにのびしろがあったなら、哉多と付き合えば良かったな。」

「今からでも遅くないと思う。」

そう、全然遅くない。歌乃子なら哉多は絶対にOKする。

 

 

「今日、昼休みに歌乃子と窓際にいたろ。」

「うん。」

なんだ、哉多も気付いていたんだ。

「声、掛けた方が良かった?」

「別に。」

別に『どっち』なんだろう。

こんな風に私たちの間にある会話は結果がないどうでもいいものばかり。

どうでもよくて、素っ気ない。

こんな会話しかしないのに、ううん、それどころか会話すらしない日もあるというのに、二人で帰り続けている。

今更ながら不思議でしょうがない。

 

 

機を逃したというのだろうか、こういうのも。

入学したての頃、わたしと歌乃子は元々仲が良かったので常に一緒にいた。そこに、同じく同中出身同士の美菜とこず恵が加わった。二人は今までのわたし達の友達とはちょっとタイプが違ったけど、新しい環境のせいだろうか、不思議と仲良くなれた。勿論今でも仲がいい。

 

二人がわたし達に声を掛けたのには理由があった。

これは後になってすぐに分かったのだけれど、別のクラスになった同中出身の男の子の健太郎が歌乃子と話してみたかったからだ。それと引き換えに二人もその子のクラスの男の子を紹介してもらうことになっていたらしい。

話は上手い具合にどんどん進み、すぐに8人でカラオケへ行ったり、ファストフード店で長々と喋るようになった。

 

どうして8人 かと言うと、歌乃子にはわたしという友達がいつもいるから、健太郎が数合わせに哉多を連れてきたのだった。そのうち歌乃子と健太郎が付き合い始め、美菜と こず恵も当初の予定とは逆になったけど、それぞれ上手くいってしまった。簡単な引き算。付き添いのわたしと、数合わせの哉多が余った。

 

例えば8人で遊びに言っても、結局二人が残って、二人で帰る。そのうち、遊びに行かなくても学校を出る時点で二人になって、成り行き上一緒に帰るようになったいた。

本当に気を逃したんだと思う。そして時間が積み重なった。だから、こんなに長い時間が経過してしまったのだ。

 

長い…かぁ、そうだよね、十分長い。

哉多は今や180cmの長身に大人っぽくなった顔、入学の頃に比べたら男になった。

そばにいて、ずっと知っているのに、ドキッとするほど。

歌乃子と健太郎はとっくに別れて、歌乃子にはちょっと前まで3人目の彼氏がいた。こず恵も最近別れたし。

わたしは…引き算を始めるようになった。

小学校以来だと思う、こんなに真剣に引き算に取り組んだのは。

高校生活は3年間。今はもう3年の6月。これから夏休みがあって、厳密に言うと日曜や祝日があって、冬休み。

更には受験前の自由登校。卒業式が終わったら、学校に来ることもない。

あと何日、哉多とこんなふうに帰れるのだろうか。。。

 

 

「聞いてた?」

「え、あ、ゴメン。何だっけ?」

「歌乃子の誕生日プレゼント。今年も二人で買わないかって話。」

「ああ、そうだね。」

「今度の日曜、空いてる?」

「うん、大丈夫。」

どうでもいい話の中の、唯一重要な話。重要だから去年もこの話はした。。。

表面上の理由はすごくシンプルだし、最もに聞こえる。だって、二人で買えば予算が倍になる分、良いものが買えるというものだから。

けれど表面がシンプルを装っていること程、それを剥がすと複雑な思惑が隠れている。

困ったことに、隠れているくせに、簡単に見透かすことも出来てしまう代物だ。

 

わたしは早い段階で気付いていた。哉多も歌乃子を好きだということを。そして、知ってしまった。そのことに気付く程わたしの目は哉多を追っていることを。

勿論、追ってしまう理由も。

さすがに当時は友達の彼女であった歌乃子に誕生日のプレゼントを一人で渡しづらかったのだろう、哉多はわたしを誘ったのだった。

わたしはたとえ歌乃子のプレゼント選びだとしても、哉多と二人で出掛けるという行為を断ることなんて出来なかった。そんな魅力的なことを。

予算は倍になってちょっと豪華なプレゼントは、複雑な気持ちの代償でもあった。

去年に次いで、今年もその代償を、わたし達二人の気持ちの引き金になっている歌乃子にプレゼントする、なんて滑稽なことだろう。

 


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