夏休みの算数

 

     

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「わぁ、ありがとう。今年も二人で選んでくれたんだ。」

「うん、この方がちょっと豪華に出来るでしょ。」

「でも、わたしから、朱莉ちゃんと哉多へは豪華に出来ないよ。だって、二人は1週間しか誕生日違わないし。」

「いいんだってば、そんなの。わたしと哉多はそうしたいから、そうしているだけだし。」

「ああ、歌乃子が気にいればいいだけだ。」

「勿論気にいったよ。大好きな朱莉ちゃんと哉多からのプレゼントだもん。大切にする。」

歌乃子は罪作りだ。大好きな朱莉ちゃんと哉多なんて言って。

本当は知っているんだろうか、哉多の気持ちを。

そして哉多は今どんな気持ちなんだろう。

 

 

「歌乃子が喜んで良かったな。」

「うん。」

「朱莉は?何か欲しいものある?」

「特にないかな。どうせ1週間しか違わないんだから、去年みたいに二人でご飯食べようよ。」

そうすれば哉多から残るものを貰わなくてすむ。

第一欲しいものを言って、それを義務のように買ってきてもらうのは嫌だ。

歌乃子へのプレゼントはあんなに考えて選んだというのに。

 

「メシも食うけど、俺、欲しいものがある。」

「えっ、それって、高い?」

「どうだろ。でも朱莉でないと用意できない。メシ食う前日に電話する。待ち合わせ時間とか場所とか。」

「えー、気になる、今言ってよ。」

「無理、今言ったら、」

「何?」

「なんでもない、当日言うから、それまで忘れて。」

わたしなら用意出来る…。歌乃子に関することだろうか。

 

 

「お誕生日おめでとう。はい、これ。」

歌乃子らしい可愛くラッピングされたプレゼント。哉多の顔にも笑みが浮かぶ。

どうしてこんな場に、わたしまで立ち会わなくてはいけないのだろう。

「あと、これ。こっちは朱莉ちゃんにも。週末作ったんだ。」

「わたしにも?」

「うん、でも、誕生日のもちゃんとあるから。哉多は?朱莉ちゃんの誕生日プレゼントどうするの?」

「わたし達は別にプレゼントを渡しあったりしないよ。ただ去年みたいに一緒にお昼ご飯食べるけど。」

「えー、それだけなの?」

「わたしの誕生日、夏休み中だから普通スルーでしょ。なのに、わざわざお昼ご飯食べるって貴重だよ。わざわざプレゼント持ってきてくれる歌乃子はもっと貴重な存在だけど。」

「で、何食べに行くの?」

「まだ決めていないけど、去年みたいにラーメンにする?」

「何それ、色気ないなぁ。」

「えー、美味しいからいいじゃん。」

何よりラーメンなら出てくるの早いし、食べ始めたら話さなくていいし、カウンター席に座れれば目も合わせなくていい。入って出るまでの時間も短いし。良いことずくめ。

 

「哉多ぁ、朱莉ちゃんは女の子なんだからもっと気を使ったご飯にしなよ。」

「別にそんな、生まれた日ってだけだから気を使うも何も、食べたいものを食べればいいだけだって。ね、哉多。」

「店、考えておく。」

やっぱり歌乃子に言われたからだろうか、哉多がむすっとした表情でこたえた。

 

 

『明日、11時に駅前で。』

「うん。ねぇ、この間は歌乃子にあんなこと言われたけど、わたしラーメンとかでいいからね。」

『折角だから、ちょっといいもの食おう。』

「あの、お金、あんまりないし。」

『いいよ、明日は本当に朱莉の誕生日だから、おごる。』

「悪いよ、わたし、哉多に何もあげてないし。」

『とにかく11時に駅前。じゃあ、明日。』

夏休み三日目の夜、夏休み前に哉多が言ったように誕生日のご飯の連絡が来た。いつもはメールなのに、どうして急に電話にしたのだろうか。話し方はいつもと同じで素っ気なかったけど。

あ、それよりお金どうしよう、服も。

少し良いものっていくらくらいで、どんな雰囲気の場所なんだろ。

哉多、きっと面倒くさいって思ってんだろな。でも、歌乃子に言われたから…

 

 

「おはよ。」

11時ちょっと前、哉多が駅に現れた。

「何分頃来てた?」

「5分前かな。」

「暑かったろ。」

「大丈夫、ここはそうでもない。」

「じゃ、行くか。」

気遣ってくれたのだろうか、それとも事実を確認しただけなんだろうか。良く分からない。

それに…一瞬手を差し出されたような気がしたのは、わたしの願望がそう見せただけなんだろうか。

でも、差し出される理由がない。

 

「どこまで行くの?」

「ついて来れば分かる。」

ついて行く、この表現は縦列を表している。手をつなぐ横列ではない。良かった、手を差し出されたって勘違いしなくて。

しかしこうして後ろからついていくと、視界に入る後ろ姿だけで哉多が男らしくなったと再認識してしまう。

背が伸びただけではなく、肩幅とか色々変わったし。

でも、肩幅とかの変化に気がついてしまう自分が嫌になる。それだけずっと歌乃子の友達面をしながら、哉多を目で追っているのだから。なんて惨めなんだろう。

 

「話しづらいから、横に来れば。」

横に並んだって、別に話すことはない気がする。

学校帰りだって横に並んで歩いているだけど、特段話が弾んだことなどない。

弾むどころか、会話がない時だってよくあるのに。

でも、断る理由も勿論ないから、横を歩くけど。

 

「…誕生日おめでとう。」

「ありがとう。」

「あのさ、」

「ん?」

「メシの後、ケーキでも買ってうちで食わない?なんか店ではちょっと抵抗あって。」

「別にいいけど。そーいえば、哉多の家久しぶりだな。おばさん、元気?」

「ん、まあ、普通に。」

哉多の家には今まで3回行ったことがある。うち、中に入ったのは2回。

最初は風邪で休んだ哉多に届け物で。

次は去年の12月。お裾分けを持っていったら、おばさんが中でお茶でもとあげてくれた。

この間の4月は予備校の春期講習の後。歌乃子と3人で復習会をそれぞれの家で一回ずつやった。

付き合いが長くても、ほんとこんな程度。

やっぱ付き合いは長さじゃない、深さなんだろうな。

 

「ここ?」

「ここ。」

「高そうじゃない?」

「平日の昼はそんな高くないらしい。誕生日なんだし、こういうのもいいんじゃない。」

「…うん。」

確かにこの雰囲気で、この金額ならお得かも。1250円かあ、良かった、これなら持ってきたお金で足りる。

 

 

「美味しかった。今日はありがとう。こんなお店探してくれて。」

「俺も誕生日だったし、2年連続ラーメンっていうのも。」

「あ、でも、わたし、ホントにラーメン好きだよ。去年も十分楽しかったから。」

「じゃ、出るか。」

「あ、自分の分は出す。」

「いいよ、今日は。暑くなくなったらラーメンご馳走してくれれば。」

「分かった、餃子も付けるよ。」

季節が変わる程先の約束なんて、初めてした。ちょっと驚き。

結局ケーキ代も哉多が全部出してしまった。

 

 

「お邪魔しまーす。」

「あ、今日は誰もいない。」

「そう、なんだ。」

そうなんだ、二人きりなんだ。

「紅茶、もしも冷たいのなら麦茶だけど。」

「ケーキだから紅茶がいい。」

「分かった、その辺座ってて。」

至っていつもと同じ哉多。それに引き換え、わたしは自分でも鼓動が速くなっているって分かる程緊張している。

だけど、哉多にとってわたしは密室に二人きりでも、いつもと同じように、いや同じようにしか接することの出来ない相手ということだ。

これから先、二人でいれる時間はどんどん減る。けれど、現実を理解させられることはきっと増えていくんだろう。

 

「お待たせ。」

「ありがとう。」

残された時間は限られている。

だったらつまらないことをうだうだ考えている場合じゃない。

高校時代の良い思い出になろう。思い返してもらえるように。

 

「どうかした?」

「そんな笑顔で礼を言われると、照れる。」

「照れないでよ、感謝してるんだから。18年間で初めてだよ、夏休み中のわたしの誕生日が学校の友達にこんなに祝ってもらえるのは。本当に嬉しい。ありがとう。」

それも好きな人に祝ってもらえるなんて。

 

「おいしー!」

「いつもそういう顔してればいいのに。せっかく可愛いんだから。」

「ん?何か言った?」

「喜んでもらえて良かったって。」

「ラーメンに餃子だけじゃ申し訳ないかなって思うくらい。ランチも美味しかったし、このケーキも最高!ねぇ、本当にいいの、ラーメンで。」

「別にラーメンなくてもいいけど。ところでこの後時間どれくらい大丈夫?」

「時間?、何の予定もないからどれくらいも何も。」

なんだ、秋の約束なんてそんな程度だったんだ。珍しく先の約束してくれたって思ったのに。

 

「あのさ、話したいことがあるから、食い終わったら俺の部屋行ってもいい?」

「うん、勿論。」

話したいこと…、何だろ。あれかな、哉多が欲しいわたしなら用意出来るって言ってたもの。

あ、哉多の部屋、初めてだ。余計、緊張する。

 

「どうぞ。」

「お邪魔します。わ、キレイにしてるね。」

「キレイにした、昨日。どっかその辺、座って。この部屋風通し良いから、扇風機しかないけど、いい?」

「うん、ところで話って、哉多が欲しいプレゼントのこと?」

「…」

「言いづらいだろうけど、わたし今日の誕生日プレゼント分はしっかり働くよ。歌乃子のことでしょ。知ってたんだ、わたし、哉多が歌乃子を好きなこと。健太郎と別れて随分経つんだから、もういいんじゃないかな。協力させて。」

「本気で言ってる?」

「うん。」

歌乃子の友達ってだけで、ここまでしてくれたんだから本気で頑張るよ。

「俺、確かに歌乃子のこと好きだった。」

「分かるよ、歌乃子良い子だもん。見た目も目がくりくりしていて可愛いし。」

「なあ、どうして朱莉は今泣いてんの。」

「分かんない。けど、や、何?やめて、」

哉多の親指は優しく涙を拭ってくれた。

 

「俺、今、何とも言えない色々な感情がこみ上げてきてる。あかり、男と二人っきりになる家にのこのこあがって、その上密室になる部屋にまでついてくるなんて。ガードが低い?それとも、俺を何だと思ってんの。」

「ガード低いつもりない。本当はケーキ食べてる時だって緊張しまくっていた。でも、でも、自分で言うのも悲しいけど、わたしなんかあり得ないでしょ、誰にとっても、特に哉多にとって。」

「あり得るけど。だから密室に二人になった。朱莉としたい、言ってる意味分かる?俺へのプレゼントに朱莉、ちょうだい。」

「どういう意味?」

「まんま、朱莉としたい、セックス。」

「あの、わたし、処女だからプレゼントになるようなテクニックとか持ち合わせていないんだけど。だから、楽しくも、面白くもないと思う、しても…」

「俺も童貞だから、テクニックも何も知識だけなんだけど。でも、気持ちよくなってもらえるように努力するから…、いい?」

いいって、聞かれても…、困る。

だって哉多がわたしとセックスしたい、ううん、する理由が分からない。

もしかして、童貞を捨てたいから?

だったら、確かにわたしはお手頃だ。きっと哉多はわたしの気持ちに大なり小なり感づいて言っているに違いない。絶対断らない、むしろ喜んで練習台になるとふんで。

好きな子にいきなりこんな事を言って退かれたくないだろうし。かと言って、どうでもいい子にもいきなりこんな事は言えない。

考えてみれば、わたしは本当に都合がいい。 


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