告白・前 |
毎月25日、その日が休みならばその前日、わたしは告白した。 もう5ヶ月、告白し続けた。 最初は残暑が残る9月。最後は1月… そう最後。 今月はもう止めようと思う。断られ続けたわたしに、既にその力はもうないから。 氏家尭(うじいえたかし)、同じ部活の話が合う人。 クラスが違うから、告白し続けても気分が軽い。 そして氏家も、告白されても次に会ったときには普通に話しかける。 それって、わたしの告白なんて何とも思っていないってこと? 冷静になってみると、そんなふうに思えてくる。 今日は2月20日。部活がある日。 わたしと氏家は科学部なんて地味な部活をしている。 週に一回、顧問の先生の指導のもと6〜8人で科学の実験に勤しむ。 ちなみに部員はもっといる。いるけど通称『幽霊部員』が沢山。 わたしも幽霊になろう、今日は。 帰宅する人の波が過ぎ、静かな教室からでるとなぜか氏家がそこにいた。 もしかして、待っててくれた?、一瞬自分の都合のいいように考えたけど、それはないか。たまたま通りかかっただけだろう。 「よう、桂木。」 「ちわ、氏家。」 どうしよう、ここで氏家に会ってしまったらサボリ辛い。 5ヶ月間、25日に一番近い部活が終わってから、必ず氏家に25日に人気の少ない裏庭に来てくれるようお願いしていた。 今月も告白するなら、今日しかない、それを言うには。 でも、その必要がないんだから…。 氏家の足は当然のように、科学室がある棟へ向かおうとする。だけど、わたしの足はここで下駄箱へ向かわなくては。 にかっと笑い、氏家に言う。 「先生に謝っておいて、今日は休むって。」 氏家はすごい怪訝そうな顔をしてわたしを見てから、そのまま去っていった。 これでいい。 氏家が休むことを咎めることも、その理由を聞くこともなかったわけだから。 次の日、目覚めて昨日のことを考える。 氏家にわたしの意図することは伝わっただろうか? 本当に氏家と同じクラスじゃなくて良かった。そんなことをふと思いながら、教室に辿り着く。 これで同じクラスならイヤでも目で追っちゃうからね。 ところが、3時間目前の更衣室へ行く途中でむこうから視界に飛び込んできた。 「カツラ、氏家だ。」 「あんた今月はどうすんの?」 一緒に更衣室へ向かっていた美帆と春美が小さい声で、矢継ぎ早に話しかける。 この二人には、わたしの一大決心とその玉砕記録を話していたので、これは当然のことだと思う。だから、ことの結末も話しておかないと。 「もう、その力は尽きたよ。」 「え、ウソ?」 二人の声が重なる。 「イヤ、ホントだよ。」 でも、やっぱり氏家は好きだ。だから、氏家が近づいてきたら手を振って思いっきり笑顔で名前を呼ぶ。 「氏家!」 「よう、桂木。今度はサボるなよ。」 そう言って、去っていってしまった。別に他の言葉があるなんて期待はしていなかったけど、本当に素っ気無い。 体育の時間も、美帆たちはどうしてわたしが諦めの境地に辿り着いたのか興味深々で、決して傷心を労わることはなかった。 「だってさ、傷心も何もカツラはっきりと氏家に断られたわけじゃないし、避けられてもいないじゃん。さっきだって、あの愛想のない氏家と普通に会話が成り立ってたし。」 「違うって、一回目はそういう対象として見たことないって言われたんだよ、次はゴメンって謝られて、三回目から五回目は無言だったから、氏家。そう言えば今更だけど、氏家彼女いるのかな?」 「あ、それはない。氏家のクラスの子が言ってたから。あんな愛想がないヤツのくせに氏家まあまあもてるじゃん。で、誰かが聞いたんだって、彼女いるのかって。そしたら一言、いない、って言ったってさ。」 「そっかぁ、でも、もう全く関係ないことだしね。それは。」 2月24日 明日は告白しない。 そう思うと気が楽。でも、何か物足りない気もする。 変なの。 しかも、心なしか氏家の姿をよく目が捉える。 意味ないのに。 氏家はどんなタイプが好きなんだろ?って考えたところで、これまた意味ない。けど考えている自分がいる。 本当に馬鹿だ、わたし。 でも、こんなふうになっちゃうのは、氏家が決定的に断ってくれていないから。告白予告を断ってくれたり、呼び出したときに二度として欲しくないって言われれば、流石に馬鹿なわたしも懲りるよ。 なのに…、 そうだ、氏家に断ってもらおう。最高!、名案よね。これできれいさっぱり諦めがつく。 そうと決まったら早速言わなきゃ、氏家に。 昼休み、氏家のクラスに押しかけて教科書を借りる振りをしながらそっと伝えた。『今日の放課後、裏庭に来て欲しい』と。 一瞬、氏家がこの間のような怪訝そうな顔になる。ってことは、聞こえてるってこと。 これでわたしは氏家から逃れられる。 待ち遠しかった放課後。それは、氏家から逃れられるっていうのもあるけど、やっぱり会えるから。 冬の日が落ちるのは早い。だから、こんな裏庭は余計淋しく見える。失恋するには最高の舞台って感じ。 氏家に言うことは何度も頭の中で繰り返した。 大丈夫。 氏家がやってきた。 今更だけど、ちょっともてるのが分かる。氏家って愛想は確かにないけど、見た目はいい。でも、わたしは何より実は話すと話しやすいところとか、実験するときに同じ班になると分かる気遣い屋さんなところとかが好きだ。あ、好きだった。 「何、桂木?今日は24日だけど。」 なんだ、気付いていたんだ。 「うん、あのね、お願いがあって。」 氏家の顔を見ると、言ってみろというような顔をしてる。 神様、勇気を下さい。 一度目を閉じてから、告白していたときの数倍の勇気を振り絞って言葉を紡ぐ。 「あのさ、わたしのことを思いっきり振って欲しいんだ。キライでも、二度と話しかけるなでも何でもいいから。」 「どうして。」 「そうしたら、…そうしたら、氏家のこときれいさっぱり忘れられるから。」 「なんで。」 なんでって、どうしてそういうこと言うかな、この人は。 「なんで、キライでもないのにキライとか、話したいのに話しかけるななんて言わなきゃならないんだよ。」 「でも、それじゃあわたしが氏家のこと諦められないから。ね、お願い。」 と合わせた手を、いきなり氏家が片方だけ掴んで、更に物淋しい建物裏へとわたしを引っ張っていった。 そして、氏家が怖い顔をして言った。 「オレたちって、お互いに好きなんじゃないのか?」 「お互い…どうしてそうなるの?」 「毎月、桂木、オレに好きだっていうだろ。」 「でも、氏家、わたしに何にも言ってない。」 「言う前にやっぱいいやって走ってくのは桂木だろ。」 「何それ?」 「そういうこと。」 「どうして、わたしが言った後すぐに、氏家の気持ちを言ってくれなかったの。」 「オレ、少しサディスティックかも知れないけど、桂木のあの告白した後の表情が堪らなく気に入ってる。」 「何それ。」 「だから、見てた。それに毎月告白されるのも悪いもんじゃない。」 「何それ。」 「そういうこと。」 それ以上何をどう言っていいのか分からなくて、黙っているといきなり顎に手を当てられた。 これって… どうしよう、ドキドキしてきた。 「何期待してんの?」 ワザとだ。 「何にも。」 「そう。ところで、桂木、これからどうしたい。」 「は?」 「オレ、桂木に言ってもらいたい。」 ムカつく。でも、 「好きな人と一緒に帰りたい。」 「そっか。」 「氏家は?」 「オレのことを好きな桂木と二人っきりになりたい。」 「氏家がそこまで言うならそうしてあげるよ。」 そう言うと、いつもより優しい顔をしている氏家が手を強く握りしめた。 わたしの今までって何だったの?、それはこれから先氏家に問いただすべき課題。 前・end |
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