雇われ女優の久我山さん

 

     

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「あなたね、久我山さんて。」

なんなんだ、この人たちは。


「なんか信濃さんにちょっかいだしているみたいだけど、あなたみたいに地味で冴えない子が経営戦略室のまわりをうろうろして欲しくはないわね。」

確かに派手目な三人組ではあるけど、この人たちにそんなことを言われる筋合いはない。本当にうろうろした覚えもないし、それに、信濃さんとのことはある意味事故。でも、こういうタイプには何を言っても無駄だから、ここはひとまず貝に。


貝になったつもりになっても、ちくちくと話している言葉は残念ながら日本語だから理解できてしまう。しかしまあ、よくそんなに次から次へと言葉がでてくるもんだ。いつからここは女子校の部室になったんだか。


「厚美さ〜ん、どうしたんですか?あ、厚美さんの同期の人ですか?」

「一緒にしないで、こんな子と。」

「分かったわね、久我山さん、これからは気をつけてよね。」

三枝さんがこの資料室の前を通りかかったことで、これ以上誹謗中傷を聞くことからは解放された。


「何なんですか、あの人たち?すっごい、感じが悪かったですけど。」

「なんか経営戦略室の人たちみたい。」

「ははーん、咲、閃いちゃいましたよ。信濃さん絡みでしょう。女の敵は女ですからね。」

まったく、三枝さんはこういうことになると冴えまくるんだから。


「無口になっても駄目ですよ。合ってますよね?」

「さあ?」

結局三枝さんは、わたしが口を閉ざしたままにしておきたいのを察したようで、その後は部署に着くまで別の話をしまくっていた。


なんか損した感じ。だって、信濃さんとは焼肉食べに行ったきりで、それからは会社で会えば少し話す程度なのに。なのに、こんな目に遭って。





「厚美さん、今日、帰りに銀座でも寄っていきましょうよ。咲、ケーキが食べたいんですよね。あ!」

社食でのランチ中に、三枝さんの目は何かを捉えたらしい。お箸を持っている手が止まったからすぐ分かる。


「信濃さん!」

え、信濃さん?、今は一番聞きたくもなければ、姿なんかも見たくない人だなぁ。まあ、わたしと三枝さんは今日は向き合って座っているから、わたしの目には映っていないんだけどね。


でも、三枝さんの手招きのせいで信濃さんはどうやらわたしの後ろにいるみたい。

「お久し振りです、信濃さん。」

「えっと、君は、たしか、この間の、」

「三枝です、厚美さんと同じ部署の三枝咲です。」

「で、三枝さん、手招きまでして俺を呼んだってことは何か用事でも?」

「大有りですよ、信濃さん。ま、厚美さんの横に座って下さい。」



三枝さんは何者なんだろうか?まあ、会社員で、もう一つ加えるならばわたしと同じ人事部ってとこだろうけど。




「酷いと思いません、信濃さん?、それもわざわざ人通りの少ないところで厚美さんに何か言ってたみたいです。本人が詳しく話してくれないんで内容は良く分かりませんけど。」

「別に聞き流していたから、内容なんか覚えていないだけ。」

「それは厚美さんが大人だからですよ。でもね、信濃さん、彼女達は絶対また繰り返すと思うんですよ。だから、ちゃんと厚美さんのことを考えてあげて下さいね。女の人って束になると陰湿ですから。特に一人を狙うときは。」

「ありがとう、三枝さん。ちょっと厚美と話したいから二人きりにしてもらってもいい?」

「勿論ですよ。じゃあ、咲、これで失礼しますね。」



「何回くらい?」

「今日が初めて。彼女達も言いたいことを言えたわけだからもう大丈夫じゃない。」

「さあ、それは。何せ彼女達と久我山は別の人間なんだから思考回路も違う。」

「でも大丈夫。」

「今日メシ付き合え。18:55に下で待ってるから。」


断る間もなく、信濃さんは行ってしまった。あ、銀座でケーキ…



三枝さんは『ケーキはまた今度』とにこやかに言って帰ってしまった。その今度のときには奢らせてもらおう、今日のお詫び、ん?お礼も兼ねて。


そして時間は18:50ちょっと過ぎ。今日は何分待つのやらと思っていたのに、エレベーターの扉が開いたところには既に信濃さんがいた。


わたしを待っていたのが分かる。だって、目線があった瞬間その目が『いくぞ』と言葉を発したから。目で会話ってこういうことを言うのかもしれない。


ちょっと歩いて連れてこられた場所は焼き鳥屋。ここにはサザエとウニはいそうにない。嫌いなものを覚えてくれていたんだ、なんて感心してしまう。




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