雇われ女優の久我山さん

 

     

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出来上がった料理を見て、なんだか自分もなかなかの策略家なんじゃないかと思ってしまう。


テレビだったか雑誌だったか媒体は忘れたけど、男の人が女の人の作った料理でぐらっとしてしまうメニューの一つは肉じゃがとのこと。今、目の前ではそれが湯気を出している。炊飯器の時間表示も『5』、即ち残り五分。ときたま汁の卵もふわっといい感じだし、豆腐とジャコを使ったサラダも問題なさそう。


問題なのはわたしの心の中…。でも、考えたところで時間は確実に過ぎていくんだからなるようにしかならない。


それから少しして、携帯が振動した。時間からして、信濃さん。ディスプレイを見るとやっぱり。

「もしもし、時間ぴったりですね。」

「まあな。ところで、ここらへんて普通に自転車停めて大丈夫か?」

「自転車って、自転車で来たんですか、うちまで?」

「ああ、近いっていっただろ。」

「えっと、下の隅に駐輪スペースがあるんでそこに停めて下さい。で、そこで待ってて下さい。迎えに行きますから。」

「必要ない。この間久我山が一番端の部屋に入っていくの見てたから。ノックするからそしたら鍵開けて。」


学生時代の徒競走の気分。だって、スタートを知らせるためにあの音が鳴るのは分かっているけど、いざそれを耳にするとスタートしなくてはいけないのに驚いてしまうから。


—コン、コン—

分かっていたけど、心臓が高鳴る。そして、分かってはいるけど念のために覗き穴から確認。


分かってなかった、反則だよ。好きかもしれないって自覚し始めたばかりなのに…。

扉を開けるとスーツ姿ではない信濃さんがいた。あ、当たり前か、今日は土曜だし。


「久我山、料理できるんだ。メシの炊ける匂いと和風な料理の匂いがする。」

「まあ一応。でも、前言は撤回です。味の保障はいたしかねます、ってヤツなんで。わたしとしては自分好みの味だから、腰が抜けそうなくらいいいんですけどね。」

「へえ、まあ、食わせてみろよ。」

何の躊躇も遠慮もなく信濃さんはうちにあがった。そうすることが当たり前のように。


「あ、これ、冷蔵庫入れておいて。デザートに食おうぜ。先に渡すのもなんだけど、うまい料理のお礼。」

どうやらケーキを手土産に買ってきてくれたらしい。

こういうところも気が利いていていいとか思ってしまう。わたしのものでもないけれど。


ちなみにうちの間取りは小さなキッチンと、それがくっついている6畳くらいのダイニング。ダイニングなんて言葉は本当は合わないけど。そして、奥に6畳くらいの部屋。キッチンに近いこの一応ダイニングにはカーペットを敷いて、こたつを置いている。食事は勿論ここで。なんで、手際よく料理を温めてから、信濃さんが暖まっているこたつの上に並べていった。


好きな人に自分の料理を食べてもらう瞬間がこんなにドキドキするとは思わなかった。それが咀嚼され、喉仏を通る姿を思わず眺めてしまった。感想を待つのと同時にその姿がある意味性的で、違う意味で高潮してしまう自分がいる。


「うまい。」

またもや三文字。でもメールとは違ってその声のトーンから、本当にそう言ってくれているのが分かった。


信濃さんは結局すべてを平らげてしまった。実は作りすぎたかも、なんて思っていたわたしの料理を。

しかしこたつって微妙。信濃さんの視線が近い。そしてたまに触れる足。

なんで、食後早々にわたしは立ち上がりお湯を沸かした。ま、沸かしてくれるのは電動ポットなんだけどね。


ずっと信濃さんの方を向いているのも何なので、ひとまずテレビをつけてエスケイプ。お湯がそろそろ沸くみたいで、音が大きくなる。


ん?それと混じって違う音。

テレビからはチャイム音。


「うそだろ。」

画面に向かってそう呟く信濃さん。確かに、あり得ない。でも、音からしても事実にちがいない。

テレビの上のところにはテロップが走り始めた。多摩地区、23区西部に大雨洪水雷警報と。11月も下旬なのに、こんな天気だなんて…。

そしてふと思う。信濃さんはここまで自転車できた。しかも雷って、まずいじゃん。だけど、ここにずっといてもらうのもまずいじゃん。

でも、やっぱりここは言うしかないよね。


「あの、雨凄いから、止むまでここにいるのが賢明じゃないかと。そのうち止むと思いますし。」

「ありがと。悪いけどそうさせてもらう、雷も凄くなってきていることだし。」



夕食を済ませて、ケーキをつついたのは7時過ぎだったような。そしてそれから1時間。雨脚はさっきより強くなった気がする。ニュースでも降りだしてからの雨量は記録的とか言ってくれちゃってたし。雷も落ちたようで、どっかで停電とか言ってた。ところで、わたし達はいつまでこうしてればいいのか…


その思いは信濃さんも同じのようで。

「タクシー会社の電話番号知らない?」

なんて聞いてきた。


「さあ?、普段用がないんで。」

「そっか。電話帳は?」

「回線契約してないから、もってきてもくれてません。」

わたしの回答に諦めを覚えたらしく、信濃さんは自力で番号を探すと電話を。


こういうときってみんな考えることは同じみたい。電話がつながらないくらい混んでる。それでも粘ること10分少々、運が良かったのかつながった。


だけど、タクシー会社のオペレーターからは無情な言葉が。

それをわたしに向かって伝えてくれる信濃さん。

「現在空車がないってよ。しかも、捕まえられるのがいつになるか分からないくらい車が動いちまってるって。」


ああ、無情。




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