雇われ女優の久我山さん
雇われ女優の久我山さん
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選択肢って時間が経つほど少なくなる。
って、今実感している、、、
「あの、今日のお帰りは無理かと。なんで、この部屋を提供するので。」
「すまん、そうさせてもらえるとありがたい。」
「でも、更に提供できるのは毛布一枚とバスタオル数枚だけど。」
「十分。」
最終的にはこんな選択肢しかなかった。信濃さんはうちに泊まっていくことになり、このダイニングもどきを宿泊場所として提供する。
お風呂問題はかなり困った。雨のせいですっごく寒いからお湯に浸かりたいって言うのが本音。でも、どっちが先にしろ後のお湯を使うのは、会社のただの同僚同士には思いっきり微妙。なもんで、シャワーに。だって、我が家の経済的に二度もお湯を溜めるなんて…
信濃さんの申し出もあったし、わたしとしても風呂場に見られたくないものがあったら嫌なので先にシャワーを浴びた。やっぱり剃刀とかって見られたくないじゃない。更には念入りに床とかを洗っとかないと、その、あれ、毛とか。
だけど、信濃さんがいちゃうせいでシャワーもあんまりリラックスしては浴びれなかったのが本音。なんだか居心地が悪い。
それに、シャワーの後にまたブラを着けるのも…。だけどしょうがない。だって、それこそノーブラではまずいでしょ。
くだらないことばかりを考えながら、残念ながら色気の欠片もない寝巻きへ。うちは、トイレとお風呂が別々だけど、所詮一人住まい仕様。だから脱衣所はなく、たぶんダイニングもどきから見えない洗面台の所でするしかない。
でも、見えなくても聞こえる、音は。
化粧水をつけていると、信濃さんが誰かと話している声が聞こえてきた。微かに聞こえた内容は『ミキ、悪いんだけど雨が酷いから友達のところに泊まる』とかなんだとか。で、『この埋め合わせは必ずするから』とも言っている。
別のところに泊まるってことをわざわざ報告しなきゃいけないミキって、誰、何?
そっか、わたしに先にシャワーを浴びるように言ったのは、ミキって人に電話をしたかったからか。そう言えば、友達ってところは聞きやすかったな。わざわざ協調したってことだよね、友達を。
…やっぱり男運ないんだ。信濃さんはミキって人ともしかして同姓中?
あ、でも、もしかして妹?わたしだって弟を呼ぶときは貴久(たかひさ)って呼び捨てにするしね。これはそれとなく探りをいれてみるか。
別にそうする必要はなかったかもしれないけど、電話が終わったのを見計らってダイニングもどきへ。
さて…
「信濃さん、サイズ合わないかもだけど、弟が来たときに着てるスウェットいかがです?」
「悪いな、助かる。」
結構無理やりな展開かもしれないけど、『弟』って単語もでたことだし。
「そう言えば、わたしは弟なんですけど、信濃さんの兄弟は?」
「あ、俺も弟が一人。」
「あ、一緒、ですね。」
なんて馬鹿な会話だろう。そしてそんな馬鹿な会話に打ちのめされるなんて。
ミキって…
信濃さんがシャワーを浴びている間、ミキって人のことが気になった。お見合いだってミキって人の為に断ったんだろうし。見たことはないけど、わたしはそのミキって人の為に会社では信濃さんの彼女だったりする。理不尽、まさにこれ。
信濃さんを好きだと自覚するまでは、問題なく信濃さんの彼女の振りなんて流せていたと思う。事実、三枝さんの『厚美さん、合コンいきましょうよ。』から解放されるって特典もあって良かったし。だけど、さっきの電話の内容や、この空間の中で二人っきりでいなくてはいけない現実はかなり厳しい。
二人っきり。そうだ、信濃さんがシャワーからでてきたらどうしよう?だってまだ、9時前だよ。寝るには早いでしょ、さすがに。
困った。
わたしがどれだけ困ろうと、時間はちゃんと過ぎていく。だから、信濃さんもシャワーを済ませ戻ってくる。
そのシャワー後の艶な姿に、わたしの目は瞬きを忘れた。ダメだよ、わたし。なのに、信濃さんは違う意味に取ったみたいで。
「やっぱ変だよな。」
そう言って、ちょっとツンツルテンになってしまっている足元を気にしている。
「ううん、そうじゃなくて。こちらこそ、それしかなくてゴメンなさい。」
とにかくこうやって誤魔化すしかない。
「信濃さん、土曜はなんか好きなテレビとかあります?お茶でも淹れるんで、テレビでも見ましょう。」
ひとまず、こんなオーソドックスな提案をしてみた。信濃さんも異論はないらしい。って、ここで異論を唱えられても困るけど。
テレビとお茶って組み合わせはありがたい。だって、お茶をすすっている限り、口は使用中だから喋る必要はないし、テレビを見ているという行為も喋る必要がない。だけど、何かが重い。
「くしゅん」
「大丈夫、寒いのか?頭、まだ濡れているみたいだし。」
「あ、」
忘れてた。頭をちゃんと乾かしてなかった。
「雨のせいで、随分冷えてきたからな。それに、久我山、まだ頭乾いてないもんな。…そうだ、泊めてもらうお礼に頭を乾かしてやるよ。」
えー、今までにそんなお礼、聞いたことも見たことも、ついでにしたこともないよ!
わたしの心臓が爆発しそうなことなんかお構いなしに、信濃さんは自分のほうに来るように手招きする。当たり前だけど、渋っていたら信濃さんが来た。
そして、後ろに座ると折角提供してあげたバスタオルでわたしの頭を拭き始めた。
信濃さんがこんな近くにいることと、後ろから見られていることでわたしの脈拍は更に速く。おかしくなっちゃう。
だけど、もっと凄いことがこの後起こった。
「寒そうだな、暖めさせて。」
信濃さんがそう言うと、頭からタオルの感触がなくなった。その後は自分に何が起こったのか、理解するまでに時間がかかった。
もしかして、後ろから抱き締められている?