寒さと後悔

 

陥れる


「アオちゃん、おはよ。」

「おはよう、沢ちゃん。」

私は彼女のことをアオちゃんと呼ぶようになった。

以前から彼女とよく話していた数人の子たちは葵ちゃん、そして彼女の彼氏である脇田要は葵、だから私は誰とも重ならないアオちゃんと呼んでいる。


本人曰く今までそういう呼び方をした人はいないとのこと。なんだか分からない優越感。



彼女と私は10月の終わりを境に、ただ同じクラスの人という関係から少し踏み込み始めた。もう少し現状を正しく表すならば、私が彼女の領域に侵入したというとこだろう。

彼女と以前より話すようになって分かったことがいくつかある。

その中の一つが手先の器用さ。

なんでも家でたまにビーズで何かを作ることもあるらしい。窓際の席でどういうものを作るか考えていると、出来上がったことを思って笑みがこぼれることもあるなんて言っていた。



学際でうちのクラスはなんだかよく分からない企画をすることになった。その企画に何故か必要なのがフリフリ純白エプロン。

今までなら絶対にそういう場で何かすることなどありえなかった彼女を引っ張り出したのは何を隠そう私。

彼女と話すうちに、彼女を知るうちに、どうしてか分からないけど彼女の良さ、本当の彼女を多くの人に見せたいと思うようになったから。



男の子の目はよく分からないけど、女の子の目は彼女に決して好意的ではない。

クラスでも地味な子たちとしか話さないから、結果的にその可愛らしさが目立ったり、聞こえるように陰口を言ってもさほど気にする様子もないからだとは思うけど。(ま、これは本人が空想の世界に入っていて聞こえてなかったというのが正解っぽいけどね。)

なんて言うのか『浮く』存在。それでいて男の子に人気があるのは何となく女の子たちの耳に伝わるから、彼女たちにとって癪に障る存在のようで…。

ま、私は自分で言うのもなんだけど、見た目には自身があるから彼女に変な対抗意識を持ったことはなかったけど。だから今までも多少は話したことがあったわけで。でも、こうやって毎朝挨拶をするようになったのは本当にここ最近。



そうだ、今日は彼女と話さなくてはいけないことがある。本当はイヤだけど…。

厳密に言うと彼女と話すのはイヤじゃない、話す内容がイヤなだけ。

「アオちゃん、今日お昼一緒に食べない?天気もいいみたいだからそんなに寒くならないと思うの。だから、中庭なんかどうかしら?」

得意の質問系会話で、最後はにこやかに。これが私の表面上のいつもの姿。

彼女は素直だから、その表情につられて返事をすぐにしてくれる。

「沢ちゃんが迷惑じゃなければ…。」

「迷惑なんて…、うれしいわ。じゃあお昼にね。」


今までの彼女はお昼はぽつんと一人で食べるのが好きだったみたい。これは要と付き合い始めても同じ。ま、彼女の性格からして要と二人っきりなんて恥ずかしすぎるだろうしね。




「アオちゃん、いこ?」

彼女の手を引いて連れてきたのは中庭。今日みたいに天気がいい日は秋でも日差しが暖かいし。


「アオちゃんはどうして一人でお昼をするのが好きなの?」

「なんかみんなのペースにうまく合わせられるか自身がなくて。」

「でも要ならアオちゃんが大好きだから、どんなペースにだって逆に合わせてくれるんじゃないかな?」

失敗、『大好き』という言葉に反応して彼女が真っ赤になってしまった。


「ところでその後、誰かに何か変なことをまた言われたりした?」

「ううん、もう大丈夫。でも、どうしてだろ。」

「みんな分かったんじゃないかな。要がアオちゃんを本当に好きだって。アオちゃんだってそう思うでしょ?」

「そうなのかな。実のところ私が一番わからないかも。いまだに。」

二人が付き合うことになってから、どのクラスにもいる煩型女の子グループに彼女は嫌味を思いっきり言われた。それも、女子更衣室という仕切られた空間で。彼女の友達はみんな大人しいから、誰も庇ってあげられないタイプだし。私も他の子から聞いたんだけど、その場に居合わせていなかったのを悔やんだわ。だって、いくら猫をかぶった生活をしてるとは言え、嫌味の一つや二つが言ってやりたかったじゃない。


女同士って、男の子の目がないと結構ひどいことを平気で言う。彼女は煩型の中の大ボスに『要もたまには気分を変えたかっただけじゃない。それにしても木内さんじゃあすぐに飽きるでしょ。何の面白みもなさそうだしね。』から始まり、チクチクと色々言われたらしい。それって、一歩ひいて見たらただの負け犬の遠吠えでしょ。

そんなことを絶対に彼女が要に言うことはありえないから、私がちゃんと伝えておいたけどね。それからというもの、要は前にも増して彼女を大切に扱うようになった。一応言ったのよ、変に大ボス達を言葉で刺激すると要の見ていないところでまた何か言うから他の手を考えろって。

その態度は本当に飴なんか比べ物にならないくらい甘いんだけど、当の本人はやっぱり要の一時の気の迷いなんて思っているみたい。


「そうかな、見てるだけでよく分かるよ。要がアオちゃんを大好きなのは。ね、聞いてもいい?オアちゃんは要のどういうところが好きになったの?」

「えっ!」

可愛い、豆鉄砲くらってる。

「だって嫌いな人とは一緒にいないでしょ?顔とか、成績がまあまあなとことか?」

まさか性格はないとして。

「顔だったら小野君のほうがいいでしょ?頭だったら委員長がうちのクラスでも一番じゃない?」

「頭はそうだけど、顔は…(言いたくはないけど)要じゃない?」

「そうなのかな。脇田君は小野君みたいに日焼けしてないし。」

「日焼け?まあそれはいいや。じゃあどこが好きなの?」

…雰囲気。」

すごい難しいじゃない、『雰囲気』って。


「雰囲気?それってどんななの?」

「ふわってするような。」

駄目だわ。私には要の周りにあるのは真っ黒な重い雰囲気しか見えないから。


「ふふ、そうなんだ。」

としか言いようがないじゃない。


「そんな要の雰囲気に包み込まれたいとかって思ってみたことはある?」

これって本題への切り口になりそうよね。

「そう感じることはよくあるけど。でも、私が思い上がっているんじゃないかって…。」

「じゃあ、感じるだけじゃなくて本当にそうなってみたらいいんじゃないかな?」

「本当に?」

「そう。」

「ん?」


さて、この表情を見る限り私の言いたいことは100%分かってないよね。

男女の付き合いっていうか、行き着く先にある愛の交わし方をストレートな表現を使わず教えるってどうすればいいの?


でもこのオーダーの大元には要がいて…。だから私が教えた後は…、アオちゃんは要に食われちゃうんだよね。それも近いうちに。

心が痛い。


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