色づく11月、月曜日

 

確固




僕の5月からの片想いは10月に実った。木に咲いた小さな白い花は、秋に大きな実りとなった。

僕には10月の終わりに彼女ができた。


彼女の名前は木内葵。クラスではとても控えめで、本人の言葉を借りるとするならば"いるかいないか分からない程存在感がない人間"。

僕の言葉で表すならば、いなくなったら窒息してしまうくらい大切な存在。


それまでは手に入れることが全てだった彼女。けれど手に入れた今はその大切さゆえに僕自身臆病になっている。




「葵、終わった?」

「うん。」

そう言ってにこやかな顔を見せてくれる彼女は僕の宝物。


「じゃあ、帰ろう。どこか寄りたいところはある?」

「ないよ。」

文化祭を間近に控え、クラスでも準備が大詰めをむかえつつあった。うちのクラスは『メッセージカンパニー』と称して伝言屋をすることになった。まあ返し忘れたものの代行をしたり、貸した金の催促だったり、お詫びや告白を届ける。表向きは普通の喫茶仕様で、飲み物の種類=伝言の種類というスタイルだ。伝言を受けるウエイトレスは白いエプロンにフリル付き。葵はこれを作る係りになっていた。裁縫が得意だから。

フリフリエプロンを付けるのは僕の従姉妹である望を含めて9人。当日は3人づつの交代制。忙しいときの予備を含めてエプロンは4枚作ることになった。それに対して9人の野郎が伝言を届ける役だ。僕もその一人。だから当日までは、なんとなく下準備要員。


うちのクラス的にはこの企画はNGとふんでいる。そんなに忙しくなく準備代と打ち上げ代がでれば十分だと。第一そんなに伝言なんてないだろう。

だから、人寄せのために女子を伝言とは全く関係ないフリフリエプロンコスチュームにしたわけで。


けれどそのフリフリエプロンは思わぬ副産物を生んだ。

仕上がる度に、チェックのために葵が身にまとう。ここが教室でなく、二人きりならば素肌にまとってもらいたいところだ。素肌じゃなくても十分そそるけど。

問題は他のヤツも見るということ。


葵は極端に控えめで、今までに表立ったことをしたことはない。クラスの行事にだって、何にだって。だから皆遠くから見ていただけで、話すきっかけを探っていたんだと思う。

たとえ葵が僕の彼女でもそのエプロン姿に褒め言葉が舞う。そりゃ、自分の彼女が褒められてつまらなく思うヤツはそうそいないと思うけど、僕としては微妙なところだ。特に葵が真っ赤になって俯いている姿を見ると。



「どうしたの、脇田君?」

「あ、ごめん、ごめん、さっきの葵のエプロン姿を思い出していた。」

「ヤダ、恥ずかしいよ。」

そう言って、真っ赤になりながら俯く葵はやっぱりかわいい。

「いつか俺の前だけであの姿になって。」

「え〜、料理はちょっと…、得意じゃないの。でも、脇田君は何が好き?」

この切り替えし、真意は理解してくれてないよな、やっぱり。だからこそ言わなくては。

「葵。」

僕の答えを聞いてまた俯いてしまう。いつになったら慣れてくれるのか…。



それにしても今時の高校生にしては驚くほど健全な付き合いだと思う。最近では人目が少ないところでは、手を握らせてもらえるけど。

すなわち、それ以上のことは何もないということ。

「そうだ、日曜、時間ある?」

「日曜日?うん、大丈夫だよ。」

「うちの母さんと姉貴が遊びにおいでって。先週は土曜に来なかったから淋しかったんだってさ。今週も土曜は準備だろ、だから日曜にって。」

葵はたまたま土曜にだけうちに来たことがる。10月に1回、11月に1回、計2回。そしてそれは二週続きになった。母さんと姉貴はてっきり毎週土曜に遊びにくることになっているとその2回だけで決め込んで、先週はずれをくらった。どうしてこの二人が葵に会いたいのかは謎だけど、彼女が家族に嫌われているよりは好かれているほうがはるかに嬉しいから放って置く。


僕達は同じ路線上に住んでいる。残念ながら利用駅は違う。

11月ともなると日が沈むのが早くなるから、家まで送っていきたいところだ。けれど葵は毎回断る。

こういうときに便利なのは望。望を使ってその理由を聞き出したところ、葵は未だに二人で帰ったりするのに緊張しているらしい。他の人の目やら、僕自身だったりで。



『もしもし、要、今日は何?』

葵への21時の電話はあれから毎日続いている。葵からかけてくる日もある。そして、僕が望に電話をする回数も増えた。

「なんだよ、その言い方は。」

『だって、要とはあんまり話したくないんだもん。』

まあそれは無理もないだろう。けれどそれが望の運命だ。


「じゃあ手短に用件を言うよ。あのさ、葵って具体的に俺のことをどう思っているか聞いておいて。」

『イヤ、そんなの。自分で聞けば。』

「もう聞いた。けれど赤くなるだけで、答えが返ってこない。だから、おまえに頼んでるんだろ。」

『それが人にものを頼む態度なわけ?』

「弱みを握りまくっている幼馴染に対する態度だとは認識している。」

『大嫌い。』

「結構。で、早めに聞いといて。ついでに、男女間の付き合いに関して少しレクチャーしてあげてよ。俺が望に教えてあげたこととかも。ストレートな物言いだと引くから、そこらへんはうまく。」

『何それ。それこそイヤ。アオちゃんを陥れるようなことはしたくない。』

「でも誰もが通る道だし、うまい相手の方が葵の苦痛も少ないから。とにかく早めにしろよ。望に拒否権はないから、じゃあな。」


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