はやる10月

 

如何に毎日を送るか


パブロフの犬。この実験と結果は本当に偉大だと思う。


月曜日に学校へ行くと昨日のことが嘘のように、彼女と僕はいつもと同じだった。双方に話しかけることはなく

まあしょうがないよな、僕の周りにいる人間は彼女にとって波長の合う類ではないようだし。

それに彼女は窓際で自分の時間を気持ち良さそうに楽しんでいる。そんな彼女の時間を壊すのは気がひける。


けれども何かしなくては、何の変化も生じない。


女の子の一日はどういうタイムスケジュールで動いているのか?望に聞いてみると、夕飯、風呂、その後は自分の部屋で肌の手入れに翌日の教科によっては宿題だったり予習だったりだそうだ。ところが、聞いたところで、人それぞれ自分のルールがあるから万人が皆同じではないと締めくくられる。



21時ちょっと前、カウントダウンのようだからこの時間にした。

two、one、zero−

僕の心の中の声、そのzeroと彼女の声が重なる。

『もしもし、どちら様?』

嘘だろ、その出だしで、彼女のアドレス帳に僕の名前が登録されていないことを知る。

「こんばんは脇田です。」

『こんばんは、脇田君』

「今、大丈夫?」

『うん。』

「よかった。今日一日どうだった?」

『えっ?』

「昨日いったでしょ、色々話そうって」

最初は何のことだか分からないという話し振りだった彼女も、この顔が見えない状況に安心したのか少しづつ彼女の一日を話してくれた。

電話の最後は敢て"また明日学校で"と切った。別に学校で今まで接触があったわけではないが、きっと明日は僕を見てくれるのではないかという期待を込めてそう言った。


次の日、時間ぎりぎりに来る彼女がドアをあけて僕のほうを一瞬見た気がした。いつもはスタスタ席へ向かうだけだから、これは僕の願望ではなく事実だろう。こんな小さな出来事すら、先週までの煮詰まっていた僕には想像ができなかったことだからすごくうれしい。

彼女に『僕という習慣』を付けるため、夜は夜で21時に合わせて電話をする。そして、次の日のことを思いながら電話を切る。



金曜日、たまたまCDでも借りようと入ったレンタルショップで僕は大きなチャンスを見つける。

彼女がずっと借りたがっていたDVDがそこに鎮座していた。

彼女に電話する21時までにシナリオを作り上げる。そのシナリオの中に入れなくてはいけない大きな要素が二つある。

まず、DVDを見るためにうちに誘う。そして、うちへ来てもらうわけだから学校からは一緒に帰る。

何の不自然さもなく、さも当たり前のように伝えなくては。


彼女に好きなものをちらつかせるとどうやら警戒心がなくなるようだ。二つ返事でうちでDVDを見ることを承知してくれた。けれども、教室から二人で帰るのには失敗した。

彼女は雰囲気もその性質も優しい。それは見てれば分かるし、ここ最近話をしていて良く分かる。自分自身、そこにつけこんで昼食に誘ったり、友達関係を築いたりしたような気がするし。

でも、これを他の誰かがしたら…、彼女は断れるだろうか。そんな馬鹿なことを思い悩むよりは、早々に多くの人の目に僕と彼女が連れ立って歩いているところを見せてしまいたかった。

結局は学校からそんなに離れていない本屋での待ち合わせだからどうにかなると思うけど。



今日くらいたった午前中の授業時間がこれほど長く感じたことはなかった。HRが終わると教室がざわざわとし、皆がメシをどうするだとか、どこへいこうだとか話している。

そのざわつきの中、教室を出ていこうとする彼女の目が僕を捕らえる。"じゃあ、後で"と僕は目配せをしたつもりだが、彼女に届いているかは不明。彼女は目線を直に逸らして下を向いて出て行ってしまった。


「要、今日CDでもみに行かねぇか。」

「わりぃ、今日はNG。ちょっと木内さんと約束があって。」

仲の良い敦志(あつし)の誘いに、わざわざ理由を付けて断る。

「え、木内さんてあの木内さん?」

「他にどの木内さんがいんだよ。」

「おまえどうやって声掛けたんだよ。」

「それは企業秘密。ま、てな訳で今日は無理。じゃあな。」



家へ向かう道、木内さんが僕に関する質問をする。純粋に僕に興味を持ってくれているのか、それとも僕の家へ行くことに警戒をしているのか。

前者なら純粋に嬉しい。後者なら…。今日はそういうつもりは本当にないんだけど。

家族構成と犬のマロンに関して話し、彼女に少し安心してもらう。けれど本当は両親はメシがてら買い物だろうし、姉貴はいるかいないか分からない。確率的には二人きりであることが濃厚なんだけど。


家に入り、声を掛ける。誰の返事もなく、ただマロンが走って出てきた。これは、今家に誰もいないことを物語っている。

躊躇している彼女に今日は紳士的に接するということを伝えた。けれども、彼女の顔はちょっと怯えているようだ。そんな顔をしていると本当に食べてしまいたくなる。残念ながら、両親と姉がいつ帰ってくるかは分からないから本当に何もできないけど。いや、本当はやろうと思えば出来なくもない。ただやっつけ仕事のように事を済ますのではなく、彼女とは大切に進めていきたい。


母親には僕の意気込みを朝伝えた。"友達が来る"という言葉で。

事実僕たちは友達で、彼女は来た。

いかにも野郎の友達が来ても大丈夫な量の食べ物を母親がテーブルに置いていった。僕は彼女が何を選ぶのか興味深く見つめる。やはりどんな小さなことでも、彼女に関することは知りたいから。


昼食を済ませ彼女のためにミルクティを淹れる。好きなもので少しでも気持ちが落ち着いてくれればと願いながら。

そして、何よりも今日の彼女にとって楽しみだったDVDを用意してあげる。好きな子の為に何かするという行為がこんなにも楽しいものだとは思わなかった。

僕は彼女がDVDとミルクティという二つに心が奪われているのをいいことに、さりげなく隣に座る。本当ならここで更にさりげなく腕を腰にまわしたいところだけど…


映画の内容はなかなか面白い。ただ、途中で濃厚までとは言わないが僕もやったことがない体位でのシーンがあった。隣に彼女がいて、目の前でその手のシーンは結構きつい。まさか生理現象を避けるために、そのシーンの間だけどっかへ行くわけにもいかないし。救いなのは、そのシーンが短かったこと。だからトイレでなんとかする必要もなかった。


当たり前だけど今日の彼女の目的はDVD鑑賞。それが終われば帰る。ただそれだけ。お茶を勧めたところでそれは揺ぎ無い事実。残念だけど駅まで送っていくしかない。だけど、遠回りして帰ってもばちは当たらないだろう。


渋々と玄関に向かうと、僕の心を察するように扉から両親が入ってきて彼女を引き止めた。それでも彼女の帰るという意思は変わらない。再度諦めていると、再び扉が開き姉貴が入ってきた。


姉貴は玄関にどうして皆で突っ立っているのかを母さんから聞くと、したり顔で僕を一瞥してから話し出した。


たまたま買ってきたケーキを見せ彼女をお茶に誘っている。最後には、普段家では見せたことがない笑顔を彼女に向け肯定の返事を引き出していた。

姉貴はあの顔で、今までの彼氏を陥れたに違いない。


両親は純粋に、僕が連れてきた女の子の友達に興味を持って引き止めたと思う。

姉貴は小声で僕に恩を売る。

僕としてはたとえこんな状況でも、彼女といる時間が増えたことに喜びを感ぜずにはいられない。


しかし女はすごい。二人で彼女を質問攻めにしている。

感心してしまうのは、どうでもよさそうな内容の質問から僕と彼女の関係が容易に類推できるような情報を聞き出すこと。これには父さんもただ笑うしかないようだ。

僕としては笑っていられない。彼女を救わなくては。


僕がうまく救ったのかどうかは疑問だけれど、彼女は僕の部屋で再度お茶を飲むことになった。

そこでとりあえず質問攻めをした母さんと姉貴の代わりに彼女に謝っておいた。


区切られた空間で二人っきりになってしまうと変な緊張が走る。だから、早速今日観たDVDの内容を彼女と話す。彼女の顔はとても楽しそうだ。出来ればまたこんな顔をこの距離で見たい。

ところが彼女の顔が不意に変わる。

「脇田君、レンタル代教えて。」

ジュースのときもそうだったけど、彼女は何かの料金を精算しようとするたびに僕にチャンスをくれる。最初は本当にどうでも良かったけど、彼女があまりにも気にするから、だからつい言ってしまった。

「じゃあさ、来週、今度は木内さんが何か借りてきて。俺にお勧めの。」

彼女は戸惑いながらも最終的に僕の申し出に頷く。


そうだ、夜の電話だけじゃなくこうして二人でDVDを見るのも習慣にしてしまえばいい。

21時−−−電話

土曜日−−−DVD




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