雇われ女優の久我山さん

 

    

家庭訪問



涼と俺はガキの頃から怖いくらい似ている双子だった。本当に全ての遺伝子を二つに割ってDNAの配列も同じにしたんじゃないかと思えるくらい。顔・考え方・仕草・癖、そして好み。


子供の頃は別に問題はなかった。自他共に認める仲の良い双子だったし。

ただ、思春期は何となく気まずさがあった。なぜならお互いの好みが同じが故、口にしなくても誰を好きか分かってしまうから。

自分の全てを見透かす、もう一人の自分。それが涼だった。


学力も類に漏れることなく、同じようなものだった。中学2年くらいからはあまり学校では言葉を交わさないようになっていたのに、結局高校も同じところへ進んだ。


俺たちの違いは何なんだ?名前と母さんの腹の中に滞在した時間くらいなんだろうか。

そんなことを考えることが年齢と共に増えていった。


俺たちは二人いる。けれども、どちらか一人がすればいい絶対的なことが我が家にはあった。

それは親父の会社。俺にないんだから、涼にだって興味がないのは感覚的に分かっていた。

それなのに、涼は長男である責任を取った。大学は経済学部を選び、在学中に簿記一級の試験にパスしたかと思えば、立て続けに税理士になる為の科目試験も受けた。院に在学中には無事五科目合格したくらいだ。

自分で自分を褒めるみたいでイヤだけど、あいつは凄い。


俺はと言えば、医学部への道を選んだ。うちの家業である税理士事務所を継ぐ気は、例え涼が選ばなかったとしてもなかったくらいなので。


涼と違う分野、それも全く違う、を選らんだのは正解だった。何故なら大学へ進んでからは、お互い変な意味で意識することがなくなったから。

涼に聞いたことはないが、きっと同じことを思っていたに違いない。


高校時代の涼はもてた。同じ顔でも人当たりの良さは全く違ったのだから当然のことだろう。ちゃんと長男としての気質が備わっていたのかもしれない。

俺はと言えば、同じ見た目からは想像もつかない性格の悪さだった。特に女の子に関して。


涼にはずっと付き合っている彼女がいた。結構きれいな子で、美男美女という言葉そのもの。二人が並んで歩いている姿を何度羨ましく思ったか。


そのポジションが故に、彼女は涼を、そしてうちのことを良く知っていた。高校二年の二学期末には、涼は志望校と学部を親に告げていた。恐らく彼女にも。それくらい親密だったから。


親がいないときに二人が涼の部屋で何をしていたかなんて、声を潜めたところでばれている。


俺も二年の終わりには医学部へ行きたいことを親父に言った。国立が第一希望でも、場合によっては私立もありえるし。その時は金がかかるから、言っておかないと。うちは双子でただでさえ金がかかっているんだから。


彼女が俺に近づいてきたのは、3年の始めだった。彼女にはまだ言ってもいないのに医学部を目指している俺の方がステータスが良く見えたのだろう。顔もほとんど同じなら。

信じられなかった、涼と付き合いながら俺にも足を開こうとしていることが。



「言いたかねぇけど、聡美ちゃんはやめたほうがいい。」

結局理由は言えないまま、彼女と別れるように俺は言った。そんな俺に涼は冷静に1つだけ質問した。

「お前が聡美を好きになったとか?」

「んなことねぇよ、誰があんな女、」

「ふーん、そっか、あんな女ねぇ。」

そう言った涼の目は全てを見透かしているようだった。自分の分身、自分の兄貴を怖いと心底から思った。


それから少しして、涼は別の女の子と付き合っていた。

ショックとかそういうのはなかったんだろうか…



大学時代も聡美と同じような彼女はいた。同じ顔なら医者の卵。たまたま家にいた俺に何度か会ううちに、乗り換えようとする。

俺としてもそんな女はまっぴらごめんだった。その内涼も女という存在をただの性欲処理の道具と見なし、外で会うだけ、家には連れてこなくなっていった。

悲しいかなその逆も。俺が研修医時代は大手一流企業に入社し、いずれは親父の事務所を継ぐ涼に乗り換えようとする女がいた。なにせ親父はその会社の外部取締役だ。涼がいずれはそうなる確率だってかなり高い。

俺たちは結局上っ面と、俺たちに付随している条件だけで選ばれているだけ、だった。



そんな涼が何年か振りに、しかも朝いきなり彼女を連れてきたのには正直びっくりした。しかも、”結婚”という二文字まで付けて彼女を紹介するとは。


あっちゃんは確かに”俺たち”の好みだ。ちょっと勝気そうな目と仕草。だけどその実気が弱い、みたいなところが。色白でスタイルがいい、っていうか腰の細さと胸のでっぱりは堪らない。

そしてメシも。新婚家庭にのこのこメシを食いに行くのはどうかと思うが、今日はお袋もいないし、あっちゃんも誘ってくれたし、無碍に断るのも…、なんで結局来てしまった。

涼にあんまり歓迎されていないのは承知のうえで。そうそう、どうでもいいことだけど、涼は俺の”あっちゃん”が気に入らないらしい。

”おねえさん”も”厚美さん”もこの年下の女性には合わないということで”あっちゃん”に落ち着いたわけだけど。



「信濃さん、ミキ君、できたよ。」

今じゃ勿論あっちゃんも信濃さんなんだけど、彼女は涼のことを”信濃さん”と呼ぶ。俺のことはミキ君。これも涼には気に入らない。あっちゃんに言わせると、会社での呼び方を守るためとかなんだとか。わざわざ教えてくれなくてもいいのに、ベッドの上では”涼”だと涼は言っていたが。


「あっちゃん、ホント料理うまいよね。」

「あ、ありがとうミキ君。」

頬を染めて俯きながら照れる義姉の姿は本当に可愛い。

だから、

「涼に愛想を尽かしたら、いつでも俺のところにおいでよ。あっちゃんなら大歓迎だから。」

そう、”あっちゃん”なら。今まで涼から俺へ鞍替えしようとした女と寝たことはない。恐らくその逆もそうだろう。けれど何故か彼女ならそうされてもいいと思った。


「ばーか、厚美は俺じゃないと色んな意味でダメだから。」

「信濃さん、もう、何言ってるの!」

照れる彼女も可愛いけれど、怒り顔の彼女も…、これって重症。手に入らないものほど欲しくなるなんて。



食後、涼が何を思ったのか、俺にとんでもないことを言い出した。

「気付いていると思うけど、厚美、結構胸あるんだ。」

俺の口からコーヒーが吹き出されそうになったことは言うまでもない。何て返事をすればいいんだよ。

言葉を失くしていると、あっちゃんがすぐに怒った。

「急に何言い出すの、信濃さん!」

「本当のこと、イヤ、変な意味じゃなく、ミキに乳がんの相談をしようと思って。」

「専門外。」

「でも学生のとき、一通り勉強はしてるんだろ?」

「まあな。」

「なんか知らないヤツに厚美の体、っていうかボリュームのあるこの柔らかで滑らかな触り心地の胸をこねくり回されるはイヤだから、ミキにチェックの仕方を教えてもらおうと思って。」


あっちゃんの顔は涼の発言に最高潮で赤くなった。

「女医探せばいいだろ?」

「イヤ、俺が覚えればいいことだろ。もののついでにチェックすればいいだけなんだから。」

もののついでって、ようはセックスとか一緒に風呂に入るときとかって言いたいんだろうな、涼は。あっちゃんは開いた口が塞がらないって感じだし。


一瞬の沈黙を破って、次の瞬間あっちゃんの口から漏れた声は悩ましかった。服の上から涼が右手であっちゃんを引き寄せながら、右胸を形が変わるほど掴んだんだから。

そのまま左の耳元で何かを囁かれたあっちゃんは縮こまった。二人のこんな姿を見せつけられるのは正直きつい。そろそろお暇するか。どうせ、俺がいなくなればベッドへ直行だろうし。


「じゃ、俺そろそろ失礼するよ。」

「な、ミキ、今度本当に乳房のしこりの探し方を教えてくれよ。」

毎日触っていれば分かるだろ!と言いたいところだが、それじゃあっちゃんがかわいそうなので、乳腺外来にいる同僚と話せたらなと誤魔化しておいた。


その夜はあっちゃんのあの悩ましい声と涼に握りつぶされた胸を思い出して一人楽しんだ。それくらいは許されるだろう。けれど本当にあっちゃんの胸を直接触る日が来ようとは…。その日の俺には考えもよらなかった。




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