教えてもらいたいのは。

 

     

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あれから2年近くが過ぎた。

そして俺たちは今も付き合う振りを継続している。

「いらっしゃい、本条君。お夕飯用意しておいたから、食べていってね。」

「いつもありがとうございます。」

「菜奈、パウンドケーキも焼いておいたから、おやつにするなり、デザートにするなりしてね。」

「ありがとう、ママ。」

「ん。じゃ、行ってくる。菜奈のこと宜しくね、本条君。」

何を宜しくされたかと言うと、勉強。菜奈の母親は家でも外でもママで、夜は高級クラブのママだ。

水商売が長いからか、勘が良いからかは分からないが、俺達に体の関係がないことぐらいお見通しのようだ。

 

「一太、先に部屋へ行ってて。ケーキとコーヒーもって行くから。」

「分かった、ありがと。」

今思い返すと、とっさの思いつきとはいえ、あの時付き合う振りをしようと言った俺は正しかった。

菜奈とは考え方が近いせいか、話が合う。お互いの感覚を尊重し合えるから、同じ空間を会話がなくても変に気疲れすることなく共有だって出来る。

何より、密室に二人きりでも、何も起きない。

けれど菜奈はこれでいいのだろうか。仲のいい友達に男が出来ていくっていうのに。

 

「これ、ほんと、うまい。」

「ママ、一太のこと気に入っているから、気合い入れて作ってるもん。」

「菜奈は?」

「えっ?」

「こういうの作ったりしないの?」

「あ、…お菓子ね。シュークリームくらいかな、今までに作ったの。」

「へえ、今度食わせてよ。」

「うん、作ったらね。」

 

作る確率は50%以下。もしかしたら10%もない。そう、決して約束しないのが菜奈らしい。

そもそも俺が言った、『今度』だって曖昧な言葉だ。だから菜奈が『いつ』を口にしないのは当然と言えば当然。

こんなやり取り1つを取っても、俺達を良く表している。

最近はそこに変な引っかかりを俺は感じてしまっているが…

 

 

 

「一太、今日、うちに寄っていかない?」

「いいよ、課題か何か?」

「課題と言えば、課題かな…。」

菜奈の家で勉強会をするのは、通常水曜と金曜。けれど、それ以外の曜日でも、こういうふうに誘われて予定が合えば勿論する。ただ、こんな風にぼんやりと誘われたのは初めてに思える。今までは数学の小テスト用に勉強しようとか、化学の課題が出たからとか、具体的な理由で誘われていたのに。

「じゃあ、放課後。」

「ああ。」

 

だからなのか、いつもと同じように昼休みを過ごして、教室まで送って別れたのに、何か違和感を感じてしまった。

しかもその違和感の根はすぐに深いところまで伸びていったようで、心が変にざわつく。授業に集中しようとしているのに。

そしてこういう日に限ってホームルームが伸びる。

「ごめん、待たせて。」

「ううん、うちのクラスもちょっと伸びた。」

 

心がざわついたところで、菜奈に何かを聞けばどうにかなるものでもない。

俺が一方的に感じたことなのだから。

「どうかした?」

「えっ、」

「何かいつもと違う。」

「そうかな、そんなことないけど。」

そうだよな、付き合い始めた頃は『すぐに別れる二人』って言われていたらしいけど、最近では『もしかしたらこのまま結婚しちゃうかも』とまで噂されるくらい付き合っている、いや、一緒にいるんだから菜奈だって『違和感』を感じるか。もしくは母親に似て鋭いか。

 

「ところで今日は何の教科?」

「うん、後で言う。」

「そう言われると気になるな。」

「一太でも何か気にすることあるんだ。」

「結構あるよ。」

いや、あり過ぎて潰されそうになるから、気にしない風の体を装っているだけだ。

 

「いらっしゃい、本条君。」

「お邪魔します。」

「ゆっくりしていってね。」

「ママ、もう、行ったら。」

「あら、菜奈ちゃんたら、もっと優しく言ってくれてもいいのに。ね、本条君もそう思うでしょ。邪魔なのは分かるけど。」

「もう、ママ、」

「分かったわ。さっさとお仕事へ行けばいいんでしょ。」

「お茶持って行くから、一太は先に行ってて。」

菜奈の母親は職業柄か、笑顔が絶えない人だけど今日は特に楽しそうに見えた。

そして菜奈は母親が言ったように、確かに口調がいつもと違った。

 

「お待たせ。」

「どうしたの、それ。」

「おばさん、それとも、菜奈?」

「わたし。」

「マジで?」

金曜、確かに言った、『今度食わせて』と。でも、それは気が向いて作ったら程度の気持ちだった。

決して作ってくれるのを待つなんていうニュアンスを言葉に込めなかったはず。

 

「こっちがカスタードだけ。これには生クリームも入ってるから。」

「すげー、うまそ。」

「口に合えばいいんだけど。」

そっか、菜奈は作ったシュークリームを俺に食べさせる為に勉強しようって言ったんだ。

適当な言葉が見つからないから。なんかそういうとこ不器用で可愛い。…可愛い、かあ。

「うまい。」

「良かった。」

喜ぶ顔もこんなに可愛いし。

菜奈は俺とこんな状態で本当にいいんだろうか。今この時期を、俺と付き合う振りで割いで。




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