絶対条件
絶対条件
3
友達に謝りの電話をした後、まるでタイミングを見計らったかのように克実が部屋へやって来た。
「土曜、会うの?見合い相手に。」
「分かっているでしょ。わたしには何の選択権もないって。言われたことが全て。」
「それでいいの、耶恵はそれで幸せなわけ?」
「いいも悪いもないって何度わたしに言わせたいの。それに聞くまでもないでしょ。こんなのが幸せかどうかなんて。」
「ゴメン。ね、この間は大学卒業したらなんて言ったけど、すぐにでもオレと一緒に家、出る?」
「現実味がないよ。お父さんになんて言うの。」
「独立したいって。まあ、卒業までは金銭的なサポートをお願いするけど。そこに耶恵も黙って転がり込んでくればいいじゃん。」
「わたしの勤め先、お父さんの息が思いっきりかかってるって知ってるでしょ。簡単にバレるって。」
「でもそれじゃあ耶恵は、」
「遅かれ早かれお父さんの決めた人と結婚するんだろうね。出来れば、あの田辺って人みたいな人は一番避けたいけど。」
「でも、土曜、」
「…うん。でも、この間話したような人だから、結婚をするなら、一言、それこそお付きの人に言えば全てが良きに計らわれていくんだと思う。だから会って話って何かが変。もしかしたら、この間の失礼に対するお詫びかも。」
こうして話していると、克実は今までのかわいいシスコンの弟に思える。
「ねえ、耶恵は男の本能を刺激する何かを天性で持っている気がする。俺はそれに早くから気付いて、刺激を受けざる得なかった。現に初めて性的な刺激で勃起するって理解して、起ったの耶恵の胸の谷間見たときだったし。中学の時のおかずは最後に一緒に風呂は入ったときの耶恵の少し盛り上がった胸に、まだ毛のなかった頃のツルンとしてたあそこだった。高校入って、さすがにこれじゃあ拙いって思ったから、彼女作ったけど、俺にとってそれは耶恵を犯さない為の彼女と言う名のただヤルだけの存在だった。この間も言ったけど、俺本気で耶恵が好き。だから、すげー怖い。田辺ってヤツが、…耶恵に、手をつけるんじゃないかって。俺、本当は耶恵には、ここでて、経済的に独立してから告白しようと思ってた。だけど無茶苦茶嫌な予感がして、それで、」
「泣かないで、」
「泣いてなんか、…知ってた?俺、子供の頃から親父に何言われようと怒られようと、殴られようと、泣いたことないって。耶恵の前でだけだよ。耶恵だから…、ね、いつもみたいに、ぎゅっとして、」
克実からのばされた両腕。振り払わなくてはいけない、本当は。
でもそんなことが出来るわけがない、耶恵に。
時代錯誤なまでの男尊女卑の考えを持つ父に、耶恵だって子供の頃は自分の思ったことを素直に言っていた。けれど子供らしい素直な耶恵に対し、父は気に入らなければ容赦なく手をあげた。何を言っても耶恵の意見は通らない。歯向かえば痛い思いをするだけ。どうせ父の思うがまま、それだったら痛い思いなどしたくない。言うだけ無駄、耶恵は早い時期からそれを悟った。
『耶恵は女なんだから、男である弟たちを優先しなさい。』『おまえは我慢すればいいだろう。』言葉だけでなく、門限だって弟たちより年上なのに、弟たちより早かった。お小遣いだって。そんな耶恵を小さいながら陰でいつも気遣い続けてくれた弟をどうして突き放すことが出来るだろう。
耶恵はのばされた腕の先にある克実の体を抱き寄せていた。
「…したい、耶恵としたい、」
「それは、駄目だって、わかるでしょ。」
「じゃあ、この間みたいなのでも、いいから、」
「それも駄目だよ。普通の兄弟ではあんなことしないんだから。」
「うち、普通じゃないじゃん。あの親父のせいで。子供の頃何度耶恵が殴られるところ見たと思う?その度に、いつか俺が耶恵をここから助け出してやろうと思ってた。親父の言いなりにしかならなくなった耶恵を。それでも俺たちといるときだけは、普通に笑ってくれたり、俺たちの存在のせいで立場なく邪険にされているのに、やさしくしてくれたり。」
「ごめんね、そんなことまで思わせて。」
「謝るなよ。耶恵、何も悪くないんだから。ぶち壊してやろうか、見合い。俺たちが今まで耶恵にしてもらったこと考えたら、そんなこと大した礼にもならないけど。」
「ううん、克実がそこまで思ってくれただけで、十分。でもね、はき違えないで。克実のわたしに対する想いは兄弟愛なんだよ。もしくは、あまりにも近くでお父さんのわたしに対する…、自分で言いたくはないけど、理不尽さだったり、暴力を見ていたから、きっと同情じゃない。わたしがこの家を円満に出る方法は、お父さんが決めた相手と結婚すること。分かるでしょ?そのためにも、何もしないで。第一今回の話はあり得ないから。顔出した程度。だから、ね、」
「分かるわけないだろ、全部。耶恵の言っていることも、見合いがどうなるかも、何もかも。それより…耶恵こそ分かれよ、俺がどんなに耶恵が好きかを。実の姉ちゃんにこんなこと言うのに、どんだけ勇気がいったかを。ホントに好きなんだ。」
「んん、」
克実はいつかのように貪るほうな口づけを耶恵にした。
そして手は簡単に布のない胸に辿り着き、頂を指で弄び始めた。
「ゴメン、こういうことの経験は俺のほうがあるから、逃げられないよ、耶恵は。」
「ね、これ以上は駄目。」
「も、ムリ、耶恵を目の前にして。」
「こんなこと、兄弟で、」
否定の言葉は聞きたくないとでも言うように、克実は再び耶恵に噛み付くように口づけた。
あんな見合い相手より、克実の方がが耶恵を理解し愛してくれるであろうことは事実。父が耶恵に見繕う見合い相手など、根底には何らかの利害関係があるはずなのだから。かと言って、弟を選ぶことなど出来る訳がない。
『選ぶ?…』耶恵は自分の抱いた考えに、遠のこうとしていた意識が不意に戻ってきた。”選ぶ”ことが出来ないのではない。”選ぶ”ということそのものが始めから存在などしないのだ。
「止めて、駄目、ね、分かって。」
「…そんなに俺が嫌い、そんなに嫌だ?」
「好きだよ。大好きに決まってるじゃない。だけど、どうにもならないって、どうしたら分かってくれるの。」
「ゴメン、泣かないで。親父に殴られても泣かない耶恵に泣かれると、辛い。」
「ゴメン、」
「でもこのまま、今日も一緒に寝ていい?一緒にいたい。これ以上のことはしないから。」
「ね、今したこともホントは、」
「それはムリ。一度してしまったことは、知ってしまったことは、忘れられない。お願いだから。」
最後の一線を超えなければ近親相姦ではないのかどうかは、今までそんなことを考えたことのない耶恵には皆目検討がつかない。そんなことの定義すら存在していないのかもしれないが。けれど、最後の一線を超えることは大罪中の大罪だろう。もし裁きを受けるなら極刑に値するほどの。
「…耶恵、俺を見捨てないで。」
「見捨てるなんて、そんなことする訳ないでしょ。…分かったよ、克実、わたしはいつも克実のお姉ちゃんなんだから。」
耶恵は思った。フィジカルな部分だけでなく、血を分けた兄弟を本気で好きになった時点で、それは罪なんだと。弟だけに罪を負わせるわけにはいかない。二人で負わなければ。それに、耶恵も克実をどういうふうに好きなのかは本当のところ良く分からないのだから。そう、耶恵は今まで環境のせいもあったが男の人を本当に好きになったことが無かった。
この日耶恵と克実は先日のように絡みあい、深い眠りについた。
次の日の朝も克実は挨拶と言わんがばかりにキスをして、耶恵の体の質感を楽しんだ。
「もう、駄目だよ、克実、部屋へ戻んないと、」
「もっと、耶恵のおっぱい吸わせて。こんな美味しいの止められない。」
「でも、伸哉が起きる前に、あっ、だめ、」
「いいんだろ、すごく尖ってる。ね、今は言われた通り戻るから、今夜もいい?」
「それは、」
「長男なんかで生まれなきゃ良かった。昔から甘えさせてくれたのって、耶恵だけだった。」
「あ、でも、それとこれとは、」
「俺には耶恵だけだって何度言ったら分かってくれるの、」
耶恵が色々な理不尽さに耐えたり、我慢を強いられたように、克実にもそれ相当のことがあった。
行きたくもない学習塾に生活態度、勿論小さい克実にも父は容赦なく手をあげた。この家では母が助けてくれることなど無いに等しかったので、耶恵が克実を庇ったり、後で慰めたり。
かと言って、母を責めることは出来なかった。幼心に耶恵は覚えている、克実が生まれて家に母が戻って来た時のことを。父が男の子が生まれたことに喜んだあの日を。弱い母も父を常に恐れていたのだから。
今なら容易に想像がつく。第一子に女の子が生まれてしまった母の立場、克実が生まれるまでのプレッシャーを。
この家は歪んでいるのだ。それならば、歪んだ方法で弟をかわいがることも、罪だと分かっていてもいいのかもしれない。
「…分かった、だけど、」
「だけど?」
「ううん、いいや、でもね、あの、」
これが最後と言ったところで、意味がないのは分かっている。であれば、無駄なことは言わない方がいい。耶恵は最後に小さな声で『あまりエッチなことはしないで』とだけ克実に告げた。