楽園のとなり

 

23




亜樹とのここ数日の行為が無ければ、響子の体に触れられることによって起こる快楽は発生しなかったかもしれない。乳房は形を変えるほど強く揉み上げられ、充血しそうなくらいその頂を摘み上げられているのに、痛みではなく自分の中心を貫いて欲しいという新たな欲望が沸きあがる。


普段の雅徳からは想像もつかないその行為に、響子の体は大きな波にのまれようとしていた。微かに残る正常な判断力は、自分の体の反応に警鐘を鳴らすが、結局のところ快楽を求める本能には敵わない。体の芯は熱くなり、雄を誘う蜜が溢れだすのが響子にも分かった。


欲しい、と思った。もどかしいくらい。

響子の理性とは正反対に腰が浮いてしまう。早くそこに手を伸ばして欲しいと。

そして、上に羽織っていたものは捲し上げられ快楽で競り上がったそこを口に含まれると一層淫猥なよがり声を上げてしまった。


左右の乳首は交互に何度も激しく吸われ、響子の嬌声と雅徳激しい愛撫の音、そして息遣いが部屋に響いた。


雅徳の耳に響くのは快楽がにじみ出た声。それもずっと欲していた相手からの。その声は、雅徳の欲望の中心を更に刺激する。


限界だった。それをしずめる方法はただ一つ。

そのまま流れにのってことに及べばいいだけ。

それなのに雅徳の中の何かがそれを止め、更には謝罪を告げさせた。


「悪かった。」

急に発せられた雅徳の声に響子が止まる。何に対しての謝罪なのか真意が掴めず、雅徳を見つめると再び謝罪の言葉が発せられた。


「悪かった、この状況下でこうしてしまったら、君は逃げられない。今日、返事はしなくていいから。」

そう言うと雅徳は響子の捲し上げられた服を直し、何度も優しく髪をなぜつけた。


響子の頬は昂揚からか赤く色付いている。目は潤み、息も不規則だ。手には響子の胸の感触、そして耳にはその快楽を含んだ声が残るものの、雅徳は堪え続けた。


きっと、流れに身を任せればこの先はなくなるだろう。そういう打算的な考えが働いたことを否定は出来ない。けれど、二人で二人の関係を築きあげていきたかった。一方的ではなく。


「もう、何もしないから。だから安心して下さい。」




響子に恥ずかしさがこみ上げてきたのは言うまでもない。雅徳に自分の体を露わにし、腰をくねらせ喘ぎ声を上げたのだから。しかも激しい愛撫が止んだときには、体の火照りが故に視線でその先を求めてしまった。


雅徳がまるで子供を宥めるように、優しく髪を撫ぜてくれている。その手は、何も言葉はいらいと言っているようだった。


「明日、会社に来てくれますよね?」

暫くして、雅徳がいつもの穏やかな話方で響子に質問をした。


「はい、でも、」

「でも?」

…もう一度、…キスをしてもらえますか?」

雅徳がその一言に驚いたのは、響子にも安易に分かった。


「あの、…さっきのことがただ成行だったんじゃないって、その、変な理屈なのは分かっているんです。でも、…その、キスだけをしてもらえば、なんでか良く分からないんですけど、」

しどろもどろな響子の言葉に、何かを汲み取ってくれた雅徳が髪に滑らせていた手を頬に。


「もう黙って。」

次の瞬間、響子の唇に雅徳の唇が合わさった。唇が触れるだけの口付けが何度となく繰り返された。





日付は翌日になろうとしていた。あんなに降り続いていた雨は、嘘のように止んでいる。

そして、響子の姿はまだこの部屋にない。

昨日まであんなに体を合わせ愛情を伝えたのに、確実なものが二人の間にないことを亜樹は不安に思った。


確実なもの

そんなものがあるのだろうか。どこかで冷酷な自分が、そんな感傷にひたっているもう一人の自分を嘲笑っている。

確実なものなど男女間には存在しないが故に、今までの亜樹が存在していることを知らしめるように。


時間は確かに流れる。なのに今の亜樹には止まってしまったように感じられる。響子がいない空間には時間すら流れない。

とすれば、高校を卒業してから流れていった時間、繰り返した馬鹿な行為、そして過ちは何だったのか…取り留めのない考えの渦が広がっていく。


仄かな恋心。それが最初だった。気付けばその表情、仕草を目で追い、いつも自分の傍にいて欲しいと思える存在だった響子。10代という若さが故にそれをどう表したらいいのか、どうすればそうなるのか分からなかった。自分の好きだという感情を素直に表し、伝える術など誰も教えてくれなかった。きっとその過程で経験が教えてくれることなのかもしれないが。

けれど、その後亜樹にはあまりにも歪んだ経験しか訪れなかった。


雨が止み、時間が止まり、音すら消えてしまった空間で亜樹はただ響子の帰りを待った。そんな中では感覚が研ぎ澄まされる。靴の音が近づき、ドアに鍵が差し込まれた時には、亜樹は足早に玄関へ向かっていた。


「お帰り。」

「日下部君、、、」

「心配した。」

亜樹の言葉に響子の瞳が揺れる。


「でも、ここ、治安面から日下部君が決めたところでしょ?そんな心配してくれなくても大丈夫だよ。」

何に動揺したのかは計り知れないが、響子はすぐに微笑みながら亜樹に言葉を返した。言われてしまえばその通り。治安を考え今住んでいる場所を選らんだ。


結果、目的、理由


「早く会いたかった。」

小さな声で亜樹は呟き、そのまま響子を抱き締めた。

触れた瞬間、微かに響子の体が強張ったのが分かった。まるで拒むように。そして、亜樹の言葉に対する次の言葉が響子からはなかった。


たとえ響子から言葉が返ってこないとしても、亜樹が次に発すべき言葉は決まっていた。

「愛してる、」

昨日よりも、1時間前よりも、そして言葉以上に。





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