楽園のとなり

 

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響子が好きだった。だから当時は大きなショックを受けたような気がする。

けれど矛先を大学へ向けることで、そして一流大学へ入ることで何もかもがリセットされるのではないかと思った。事実4月には、響子への想いは些細な事だったのかすぐに心の片隅へ追いやられた。

そう、無くなってはいなかった。あくまでも、片隅に。


入学してからしばらくして、亜樹はありがちなお遊びサークルに。ゴールデンウィークには新歓合宿が行なわれ、1年の男子は色々とこき使われるものの、毎夜繰り返される馬鹿騒ぎに意味もなく楽しんでいた。


高校とは違う教室の作りに、授業。更には、一人暮らしの開放感。立ち止まれば変化していく自分自身が手に取るように分かった。


夏休み前には、サークル内の2年の里中香澄と親しくなっていた。

香澄は華やかさを持ち合わせ、その目を見張るような美しさを引き立てていた。正しくサークルの花の彼女。


親しくなった後は、その先に進む。これが男女間の流れなんだと亜樹は思いながらその時を迎えた。


「亜樹、初めてなんだ。色々教えてあげる。」

言葉通り、香澄は亜樹に快楽を与えるだけでなく手ほどきもした。どうすれば香澄の体が悦ぶのか。そして香澄が悦べば悦ぶ程、亜樹の体に更なる刺激を与えることも。


会えば必ずと言っていいほど濃厚なセックスを繰り返すことで、亜樹はその快楽を深め、自らその深みにはまっていった。


そんなある日、いつものように香澄に呼び出されマンションに向かうとそこにはもう一人の女性がいた。


「同じ学部で、友達の佐織。」

「あ、初めまして。」

「ふふ、ほんと、可愛い子ね、香澄。」

「でしょ。今の一番のお気に入りなの。亜樹、そんな残念そうな顔しないで。佐織がいるからってしないわけじゃないから。いつもより、もっと楽しめるから。」

微笑む香澄には美しさだけではなく、妖艶さが。


「この子、童貞だったから今のところわたしだけ。」

香澄と佐織の間でなされる会話に亜樹は耳を疑った。香澄は亜樹の弱い場所や、セックスのときに何を足りないと感じるかなどを赤裸々に佐織に話した。


「ふ〜ん、そうなんだ。じゃあ亜樹ちゃんにはこれからもっと教育しなきゃね、楽しい性教育を。」


その日、その時を境に亜樹は香澄だけでなく佐織とも体の関係を持つようになった。時には三人で交わり、時には一人が二人の交わりを眺めながら自分も達する。欲望と快楽が入り乱れた世界だった。


間違っている。分かっているのに、その状況に堕ちていく亜樹がそこにはいた。理由は快楽、それとも香澄への想い?そして佐織との関係なのか。

何が理由なのかは分からないままその関係は続いた。


続くと不思議なもので、間違っていると思っていたことが正しいように思えてくる。まるでそれが当然のことのように。更には、何の疑問も生じなくなれば満足すら得てしまう亜樹がそこにはいた。二人の女性と関係を持ち、その行為は濃密なのだから。



ところが、間違った関係は第三者によって簡単に断ち切られた。学園祭シーズンの秋。何の言葉もなくその存在に。

OBということで卒業した香澄の彼氏がやってきたのだ。最初は元彼氏だと思った。けれど、周りの会話から二人が現在進行形であることはすぐに理解出来た。亜樹は、香澄のそれまでの言葉『亜樹はわたしの一番のお気に入り』をようやく理解した。自分は香澄にとって手近にある欲望を解消するための玩具だったのだと。


それまでは離れることはとても難しく見えた香澄との距離。けれど、遠ざかることは簡単だった。サークルへ足が遠退く事で。

反動なのかどうなのかは分からないが、亜樹は学生としての本分を取り戻すよう毎日を送りだした。何のために大学へ入学したのかを思い出すように。

やってみたかった希望分野、そして



その頃、同じクラスの子から告白を受けた。香澄のような華やかな美しさはないが、ふわっとした可愛らしさを持つ恭子という名前の子から。むしろ香澄と全く違うのが亜樹には良かったのかもしれない。亜樹はおざなりの友達からという言葉を付け加えOKした。


呼び出されて、そして香澄の希望通り事が運んでいた頃とは違い、構内を一緒に歩いたり学食で一緒にランチをとるのも楽しいと亜樹は思い始めていた。体の関係もそんな日々が二週間も続けば自然と持つようになった。


新しい彼女、恭子は亜樹の与える刺激に良い声でいつも鳴いた。


「どう、日下部君って?」

「結構あっちは情熱的。」

「そうなんだ。」

「うん。顔もいいし、頭もいいし、えっちも上手いし。まあ、ちょっと付き合うには良い相手かな。だけど、パーフェクトすぎても飽きてくるよね。亜樹にはちょっとワイルドさが無いっていうか。」

「何それ。贅沢だって。」

冬休み前、亜樹は恭子とその友達の会話をたまたま聞いてしまった。その内容に心の片隅にしまい込まれていた苦い思い出が蘇る。

またキョウコという女にいいように使われた気がした。その後切り出した亜樹の別れの言葉に、恭子の反応はあっさりしたものだった。所詮自分という存在はそんなものでしかないと言われているかのように。



大学二年の春、学部が違う同じサークルの子から告白された。その言葉を亜樹はなぜか冷めて聞いていた。心の中ではもう騙されないと思いながら。


響子や香澄のように女は快楽を求めたいから、男に近づき足を開く。そう思うと彼女ともすぐに体を重ねた。いいように利用されるならその前に別れるほうがいい。亜樹に芽生え始めていたその思いは、彼女に対してすぐに別れを切り出すという方法でなされた。

ただ、香澄や恭子と違って彼女は涙をこぼした。悪いところがあるなら直すと。


その様子に亜樹は不思議な興奮を覚えた。

体も気持ちも自分に向けるだけ向けさせ、別れる。その喜びから来る興奮。アドレナリンが次から次へと湧いて体を駆け巡るようだった。

今思えばあれが切欠だった。亜樹はその後その興奮を手に入れ続けるために堕落していった。


セックスで得られる快楽。そして、自分に奉仕する女を見下す悦び。別れ際の悲しそうな顔。どの切り口をとっても楽しかった。

それは負のスパイラル。留まることを知らないで広がり続けた。



過去を思い返してみると、どこに愛があったのか分からなくなる。いやなかったのかもしれない。なのに、響子へ伝えた気持ちが『愛』だとはっきり分かる。


響子はただ過去に囚われているだけだと言った。けれどそんな理由ではない。響子に惹かれ、愛してしまうのは。


久しぶりに会ったとき、心の中に蘇った苦い記憶。なのに、そこには再び出会えて嬉しいと思った自分がいたことをもう否定はしない。

どんな形であれ、彼女の中に入った瞬間の気持ちも。


そう、響子への愛しさはどんないかなる時も止まっていなかった。自分が犯した罪さえも利用するくらい。





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