楽園のとなり

 

35


無邪気そうな顔で質の悪い依頼をするものだと、雅徳は響子の目を見た。その目は子供っぽく悪戯を企んでいるようには見えない。真っ直ぐ見ても逸らされない視線は、純粋に先程の言葉を発したことを物語っている。

無邪気さ。それが故の罪。本人にその気がなくても、多少はその罪を清算させた方がいいのかもしれない。

言葉が持つ力を理解させるために。


「楽しいとは異なるけれど、もしそれが嬉しいになるならば…」

「何か言いました?」

「いえね、僕に想いを寄せている女性は、その本人からキスされたら嬉しいのかな、と。少なくとも、浮かない表情ではなくなりますか?」

「あ、それは…、きっと嬉しいより、ドキドキしている表情になるんだと、思います。」

「今の僕に出来るのは、じゃあそのドキドキさせることくらいかな。それで良ければ請け負いますよ。選ぶのはあなたです。」

…ドキドキ、させて下さい。」

「今言ったことは、何を意味するか分かってる?」

「はい。…わたしが想いを寄せている人からキスをしてもらえるようにお願いをしたんです。」

震える小さな声で響子が言葉を紡ぐ。それに返事をするように雅徳は響子の髪をやさしく指で梳きながら、口づけをした。最初は唇の質感を確かめるように、触れるだけのものを。そして次第に深いものへと。


口づけと口づけの間に漏れる吐息、腕の中で時折震える体、雅徳はそれらに自分の感覚と体が反応しだしていることに気付いた。響子の全てが欲しい。


「ドキドキした?」

雅徳の口づけだけで上気した響子が唇を微かに開きながら小さく頷く。頷くという仕草より雄弁にその表情は響子の今の状態を物語っているが。

それでも雅徳は、更に言葉の持つ意味を響子に教えようと思った。


「ドキドキしているか直接確かめさせて。請け負った以上はちょんと出来ているか確認しないと。」

「直接?」

「そう、直接。」

雅徳は響子の背中に手をまわすと手際良くブラジャーのホックをTシャツの上からはずした。そして簡単にTシャツとブラを取り去ると、左胸に耳を押しあてた。

「御厨さん…、それ以上は、」

「何?」

「あ、ん、だめ、」

「さっきよりドキドキしているみたいだけど。」

雅徳は響子の右乳房の頂きを指できつめに摘みながら反応を確かめた。痛みの中にある"何か"に悶えながら響子が良い声で鳴く。手のひら全体で揉みしだけば、摘まれていたところをもっとかわいがって欲しいと尖らせながら体を捩る。あまりのいい反応に喉がなる。と同時に無垢だった響子を"躾けた"亜樹への怒りにも似た感情と、響子へ対する留まることを知らない劣情が噴出してくるのが自分でも分かった。


溶け合ったこの二つの感情は危険な衝動を雅徳に起こさせようとする。口では気持ちを尊重すると言っておきながら、本能は響子を自分のものにしろと言う。その体から亜樹のあらゆる痕跡を消せと。


「あ、んん、あ、御厨さん、も、許して。あう、んんっ、ああ、」

許す?何を許されたいと言っているんだろうか、響子は。とっくに自分は響子の全てを受け入れるつもりだと言うのに。おなかに子供がいても…。むしろ、もしいるのであれば、自分の精液で、いないのであれば、亜樹がとったものと同じ手段で。…亜樹と同じ?

雅徳は自分を支配しようとする負の感情を振り払いながら響子を見た。雅徳の愛撫に体を震わせ、その快楽からか目に涙をうかべる響子は美しかった。


「響子、二人っきりの時はそう呼んでいい?それにそろそろいい上司面をsるうのも、止めていい?もう上司でも部下でもなくなるんだから。」

強めの愛撫のせいで、響子から言葉はない。否定なのか、それとも思考能力がストップしているのか。けれど返事などどうでも良かった。雅徳は響子の最後の一枚に手をかけると素早くそれを取り去り、そこが濡れながらひくついているのを確認した。


全裸にされ、更には足を大きく開きそこを雅徳に舌と指で掻き回されている。いやらしい水音と響子の口から漏れるいやらしいよがり声。

変になりそうだった。心も体も。本能は知っている。体が何を欲しがっているかなど。響子はこんな自分に雅徳がどう反応しているのか知りたかった。亜樹とのセックスで、それまでの知識だけではなく、実際に男性器がどうなるのかはもう知っている。けれども、この体勢では…自分だけが雅徳に体の反応を正直に伝えているだけだ。


…御厨さん、もっと、もっと、キスをして下さい。」

響子は何度もやってくる波を堪えながら、雅徳にキスを求めた。ところが雅徳は、そこへの愛撫を止めることなくむしろ刺激を強め責め立てた。それからすぐだった、響子が果てたのは。



…あ、」

「気持ちよかった?」

「あのTシャツ、」

「こんなにきれいな体なんだから、隠す必要はないよ。」

「あの、でも、…じゃあ、御厨さんも、その、脱いで下さい。」

そう言えば、響子の恥ずかしさを雅徳が理解してくれると思ったのに、結果は裏目にでた。

「いいよ、その代わり、俺が響子にしたように、響子が脱がせて。」

「えっと、あの、ホントは、」

「たった三枚だけだから、やってごらん。」

雅徳からはTシャツをまとうことへの許可はでないようだった。

そもそも許可など必要ないけれど、何故か響子にとって雅徳の言葉は命令を含んでいるように感じられた。


それならば言われた通りに、そして同条件になろうと響子は恐る恐る雅徳のTシャツに手を伸ばした。雅徳が脱がせやすいように体を浮かせてくれる。けれど最後の一枚はどうしたらいいのか分からなかった。

「怖い?」

…ううん、怖くは、ないです。」

そこに何があるのかも知っているし、怖さもない。でも、怖さに似たどちらかと言うとネガティブな感情があるのも事実。

だからどうしたらいいのか、響子の手は止まった。



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