楽園のとなり
楽園のとなり
38
信じていても不安や心配はつきない。
バーボンなんて度数の強い酒をロックで呷っても、頭は冴えている。普段なら、ボトル半分も飲めば酔えるというのに。響子と雅徳は何を夜通し話すというのだろうか。
亜樹には男と女の夜の会話と言ったら、言葉ではなく体でするしか思い浮かばない。汚いやり方なのは重々承知の上で、中出しをした。孕めばいいと、いやもっと強い感情である孕ませたいという気持ちが故に。
響子との間に確かな『形』が欲しかった。更には、雅徳とこれ以上関わりを持たせないためにも。
火曜日、亜樹の思惑の中で大きくはずれたことが一つある。響子と亜樹が体の関係をもちながら一緒に暮らしていると知れば、雅徳は退くと思っていた。妊娠の可能性までちらつかせたのだし。ところが、雅徳は全てを理解した上で響子を受け入れようとしているようだった。
予想通りに物事が進まないことなど良くある。むしろそれに備えどう対処するかによってビジネスでは差が生じてくると亜樹は思っている。雅徳をなめていた訳ではないが、その反応はたとえ他を全てはずしてでも、亜樹の予想通りであって欲しかった。雅徳を怖いと思った。亜樹同様たとえ何があっても響子を深く愛せることが。何より自分の中の何かを映しているような雅徳が。
随分と疲れさせてしまったのだろうか、それとも亜樹から解放されて安心しているのだろうか、響子の眠りはとても深そうだった。
雅徳は羽織っているブランケットをそっとはがし、響子の裸体をまじまじと眺めた。細い腰のお陰でその上下は際立ち、眠っているというのに引きつける。初めて見たときも思ったが、胸のボリュームも申し分ない。よくつい最近まで処女でいられたものだ。
「…御厨さん、」
「おはよう、」
「あ、え、やっ、」
ブランケットすらまとわず眠っていた自分に驚き、響子が慌て始めた。
「今更だと思うけど。響子の体は隅々まで昨日舐めつくしたから。見ていないところはないよ。」
「あの、わたし、昨日は、どうしてか、その、」
「大胆だったね。正直驚いたよ、響子があんなにいやらしいとは。」
「違うんです。その、なんでか、」
「違わないし、それでいいんだよ。セックスはネガティブなものじゃないから。本来はとてもいいものなんだけど、オープンにするものでもないから、みんなあまり口にしないだけで。」
「いいもの?」
「そう、いいもの。ちゃんと教えてあげる。」
そういうと雅徳は響子に口づけをした。
官能的な口づけに響子の息はすぐにあがってしまう。
「御厨さん、コーヒー、淹れないと。」
「まだいいよ。」
当然のことながら、コーヒーよりは響子に決まっている。
雅徳は再び昨日の夜のように響子を味わい始めた。雅徳が乳首を優しく吸い上げている。それはそれで気持ちいいのに、何かが足りない。昨日のように痛いくらい可愛がって欲しいと思ってしまう。満たされない何かが疼きとなって、響子のそこに火をつけるようだった。
「御厨さん、もっと、あの、」
「もっと、何?」
「昨日みたいに、」
「昨日もこうしたよ。」
響子は振り絞るような声で恥ずかしさを堪えながら雅徳にお願いした。
「その、下に指を…入れて下さい。」
微かに雅徳が口角を上げて笑みを浮かべた気がした。とても妖艶な。
そして、響子の願い通り指はそこへ入っていったのだが、言葉通りで動いてはくれなかった。
生殺しとはこういうことなのかもしれない。響子は満たされない欲求に自ら、腰を動かし始めた。不意に雅徳は乳首への愛撫を止め、今度は指を緩慢に抜き差しし響子の体を楽しそうに眺めているようだった。
「御厨さん、お願い。」
「何を。」
「もっと、」
「ここ、ぐっしょりだね。気持ちいい?」
「気持ちいい、でも、もっと、気持ちよくなりたい。」
「正直だね。一晩お勉強した甲斐がある。でも、気持ちいいだけでいい?」
響子は一瞬躊躇したものの、快楽を求める本能には抗えなかった。
「たくさん弄って、イカせて下さい。」
「ここは?さっきみたいなのがいい?」
「ああ、もっと、もっと強く、」
「乳首、赤くなるかもしれないな。それじゃあ、俺が響子の可愛い乳首をいたぶってるみたいだ。」
「いいの、それでも。」
「響子は苛められたいの?」
「分からない。けれど、御厨さんにはそうして欲しい。」
「そう、じゃあ希望通りにしてあげないと、」
響子はぼんやりと天井を眺めていた。というより、天井だけが視界に入っているというのが正しいだろう。胸が時折大きく上下する。それはまだ呼吸が落ち着かないことを体が表現しているのだろう。結局カフェオレは雅徳が用意してくれることとなってしまった。
体力がないからなのか、はたまたこういう行為に不慣れだからなのかは分からないけれど、綿のように疲れているのは事実。深く沈んでいる体とは違い、響子の頭の中ではどうしてこんなになるまであんなことをしてしまったのかという疑問が渦巻いていた。しかし、その回答は頭が考えたところで出てくるものではないと残念ながら響子は知らなかった。