色づく11月、月曜日

 

意気衝天



いよいよ始まってしまった文化祭。僕としてはこんな企画のこんな役をすることよりも、葵と二人で貴重な時間を楽しみたかった。

知らず知らずのうちに、ため息が何度もこぼれる。


「要、これ。」

「へいへい。」



うちのクラスの企画は、まあヒット。メッセージの大半が告白ってことで何だか賑やかだ。僕自身への告白もあった。彼女のいる僕にこんな間近で告白メッセージを依頼するなんて、女の子っていう生き物はなかなか大胆に作られているらしい。


その大胆さが葵にもあれば…、うれしいんだけど。


あの濃厚な時間を過ごしてから、残念ながらキスすらしていない。


「いいメッセージだった?宛先が自分なんだから届ける手間が省けていいでしょ?」

望が普段とは違う、本来の不適な笑みで僕の顔をのぞいてくる。


「そういう意味ではいいけど、内容が不毛だな。」

「あ、そう。」

「ところで、葵を見なかった?」

「さあ?あ、でも、どっかに何かの展示を見に行くって言ってたかも。」

「そりゃあそうだろ、文化祭なんだから。」


結局文化祭初日は、昼過ぎまでメッセージを運び続けた。告白されるやつはある意味目立つ人物なので見つけやすい。それでも探すためには結構校内をうろうろする。けれど、葵の姿は見かけなかった。


「脇田君、お疲れ様。」

僕の終わる時間を見計らって、葵が姿を現した。


「今日はこの後仕事はないよね?よかったら午後は一緒にまわらない?」

「もちろん。その前にメシ食おう。」

「うん。」


葵にしては大胆な申し出だった…かな?


「何か食いたいものはある?」

「実はね、調理クラブの催し物で、これ作ったんだけど、たぶん、味も大丈夫だと思うし、私だけが作ったわけじゃないから…。」

そう言って恐る恐る差し出されたものは、サンドイッチと黒オリーブの何か。


そして差し出している葵の顔は不安そう。…そういうことか、葵は料理に対して苦手意識があるってことか。


「ありがと。うまそうじゃん。中庭のところのベンチに座ってて。俺、何か飲み物買ってくるから。」





「お待たせ、」

「ありがと。」

「あ、いいよ。うまそうな昼飯代の代わりだから。俺さ、本当に好きな子にメシ作ってもらったのって初めてだから、今ムチャクチャ嬉しい。」

……。」


僕の言葉を聞いて、葵は赤くなった。予想通り。…かわいい。


「楽しかった?」

「うん、でもちょっと緊張しながらだったかな。」

「調理方法が大変だったとか?」

「ううん、文化祭で何かあったら大変みたいで、これ全部火は使わない料理なの。このオリーブのはダイス状に切ったトマトとモッツレラチーズとドレッシングみたいなのを混ぜただけだから。」

「じゃ、何に緊張したの?」

「その、あのね、今日、参加したのは、初めから、その、出来上がったら脇田君に食べてもらおうと…思って、た、から。」


最後は途切れ途切れの言葉。それでも、葵が自分のことを思いながら料理をしたと思ったら、体が動いた。


「キャッ、」

「ごめん、嬉しくて。」

つい頬にキスをしてしまった。


「恥ずかしいよ、こんなとこでそんなことをしたら。」

「大丈夫、そんなに沢山の人はいないから、ここ。それに、何をしたかなんて誰も気づかないから。」

………。」

「むくれない。」

「むくれてなんか、ない。ちょっと、脇田君の常識のなさに驚いているだけ。」

「ま、何でもいいや。せっかく葵が俺のために作ってくれたんだから。」




楽しく、そして幸せな気分で昼飯を平らげてから、僕達は文化祭らしい展示物やら他のクラスの出し物を見てまわった。


このことは僕達が付き合い始めたという噂を決定づける。


葵は知らない。自分が男にどういう目で見られているかを。

そして、僕の心の中に不安という感情が渦巻いていることを。




二人で過ごす時間は、楽しい分だけ早い。

本日の文化祭終了を告げる校内アナウンスが流れ始めた。


「明日は三時くらいから最後までメッセンジャーをしないと。」

「そうなんだ。」

「葵、明日はどうする?打ち上げは?」

「わたしは遠慮しておくよ。エプロン作っただけだし。たぶん、三時前には帰ると思う、かな。」

「そっか、ま、ムリに参加は強制できないからな。ところで、月曜は?」

「特に予定はないよ。」

「じゃ、会おう。」

「え、…あ、うん。」

なんだか乗り気じゃない返事の仕方だ…、でも、せっかくの振替休日だし、僕としてはゆっくり葵に会いたい。


「じゃ、明日の夜連絡するから。それと、明日も時間が合えば一緒にまわろう。」

「うん。」




翌日


午前中、葵は他の友達とまわるとかでそのことを伝えるなり僕の前から消えていった。

そうなってしまうと、僕は普段つるんでいる奴等とお役目が来るまで時間を潰すしかない。


「しかし、よくあの葵ちゃんがOKしたよな、要と付き合うこと。意味分かってた、付き合うって?」

「確かに。」

「お前等勝手に言ってろよな。」

「で、どうなの、うまくいってるのか?」

「心配には及ばず。」

「心配なんかするわけねえだろ、ただ、うまくいってないなら俺が、」

「ばーか、そんな隙は全くなしだ。」

「そうかよ。そう言えば、俺、昨日、葵ちゃん宛にメッセージを一つ運んだぞ。チャレンジャーだよな、要がいるのに。」

「誰からだよ。」

「さあ、持ってっただけだから。」

「なんだよ、それ。」

「でもさ、この企画って普段言えないことを伝えるには最適だよな。」


葵にメッセージかぁ、一通だけなのか、それ以上なのか。…気になる。

だけど、昨日はそんな話すらでなかったよな…。





「要、どうしたの、ぼーっとして。振られたとか?」

「冗談か、それとも本気か?」

「さあ?、ところで、これ、仕事。また、楽なやつだから。」

「俺宛?、不毛だよな。」

「本人の意を汲んでちゃんと見なさいよ。あ、できればどっか陰で見てあげるべきね。」

「はいはい、どっかで見てくりゃいいんだろ。」


封を開いて、文面を追った瞬間思考が停止した。

望は内容を知っていたのか…、差出人は葵だった。


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