夏休みの算数
夏休みの算数
5
連れて来られて今更だけど、一体何を話し合うのだろうか。
「俺がこの間セックスの時、朱莉を好きだって言ったの覚えてる?」
「…うん。」
「じゃあ、好きって意味分かってる?」
「分かってる。」
「朱莉は?俺、朱莉は俺のこと好きなんだろうってなんとなく思ってた。でも、恋愛対象としてなのか、周りにいる他の男と比較してただ好きなのか、そういうのが見えてこなくて微妙だった。比較級と最上級でも好きの意味は違ってくるし、そもそも何に対してなのかで大きく意味合いが違ってくる。そういうの分かった上で意味、理解してる?」
「うん。…わたし、他の好きだって知ってる。嫌いの反対の好きや、一番好きに手が届かないから、妥協をする好きとか。」
「何が言いたい。」
「…歌乃子、今、フリーだよ。一番好きを狙えば。」
「俺、歌乃子のことは過去形で言わなかった?」
「そうかも。でも、現在のことだって何にも言ってない。」
「言ったよ、朱莉が好きだって。」
「どうして、分からないよ。ううん、分かる。傍で二人を見ていたから。哉多は歌乃子が好き。いつだって哉多の目は歌乃子をすぐに探しあてて、歌乃子の声を聞き 分けていた。歌乃子と話しているときは楽しそうだし、プレゼントを選ぶのだってあんなに考えて。わたし、それをずっと見てた。だから、分かるよ。分かってるのに、わたしは哉多が好きだった。 …セックスだって、初めてが哉多と出来るのなら、流されるのも悪くないって思った。だって、事実だけ並べたらいいでしょ、18歳の誕生日に大好きな人と初めてだよ。なのに、キレイに着飾ってくれる事実を取り払うと、見えてしまう本質は、惨めすぎて…。こんな惨めな気持ちになるなら、哉多と向き合うのは止めようって。だけど、それでも近くにいたいわたしがいて。もうぐちゃぐちゃなの、わたしの中の哉多に対する想いは。」
「惨めになる必要なんてない。それに、近くに、いや、今以上に近くにいてくれていい。俺、本当に朱莉が好きだから。朱莉の言葉を使うなら、一番の好きだよ。でも、そのことに気付けば気付くほど、恥ずかしくて、まともに話せなくて。歌乃子のプレゼントだって朱莉と出掛けたり話したかったのが理由。朱莉に欲しいものを聞いたのは、知りたかった、朱莉が何を欲しいのか。外したくなかったんだ、朱莉の欲しいものを。」
「…」
「ごめん、言葉が足りなくて。歌乃子を目で追っていたんじゃない。朱莉を探していた。恥ずかしくて、いつも紛らわしい言い方だったり、態度だったり…。本当にごめん。俺の目的格は心の中ではいつも朱莉だった。」
すごい遠回りをしていた。小さな箱の中にいたのに。
「改めて、きちんと言わせて。朱莉が好きだ。付き合おう。」
嬉しいのに、折角哉多が気持ちを言葉にしてくれたのに、何をどう言えばいいのか分からなかった。
目も合わせられないし。ただ、何度か頷いた。
「ちゃんと言葉にして。俺達、今まで言葉にしなかったせいで、こんな簡単なことがからまっていたんだから。目を見て、言って。」
哉多の両手は優しく両方の頬に当てられて、わたしの視線を自分へと合わせてくれた。
たった二つを音を口から出すのがこんなに大変だなんて気付かなかった。
でも、その瞳が気付かせてくれる。
重要性を。
そして、ゆっくり待っていてくれている。
「…好き。」
視線を逸らさず、気持ちを伝えると哉多が笑った。
「どうかした?何か変?」
「哉多にそんな風に笑いかけてもらうの、初めてだから、なんか嬉しくなって、」
「それで朱莉は笑いかけてくれたんだ。俺、朱莉が笑ってるの、特に好き。だからこれからは沢山その表情見せて。あと、俺にしか見せない表情も好き。そろそろ、いい?」
哉多の手はわたしの手をあそこへと誘導した。
「大きくなってる。」
「うん。朱莉の中に入りたい。どれだけ好きか、体で伝えたい。」
「教えて、…沢山、教えて欲しい。哉多の気持ち、」
「沢山て…」
「わたし、哉多が好き。きっと、哉多が思っているよりも。だから、」
「この間は俺なりに優しくしたつもりなんだ。実際に優しかったかどうかは分からないけど。でも、今日はそんなこと言われると、俺…」
「うん、いいよ。わたし、哉多にちゃんと応えたい。ううん、応える。」
そんな会話をしたけれど、哉多はすごく気を使って優しかった。一回目は。
「哉多ってどんな?」
「何が?」
「彼氏として。」
「えっ!」
「朝、二人の様子見ていたら分かるよ。二人の仲に変化あったでしょ。」
「ないよ。普通のまま。…だから、付き合い始めた。」
「何それ、」
「何も変わってないの。ただ、お互いの気持ちを理解しあっただけ。」
「わたしは前から知っていたけどね。二人とも慎重すぎ。あ、哉多、来たよ。」
「お待たせ。」
「聞いたよ。付き合うことにしたんだ。」
「俺としては、もうずっとそのつもりだったんだけど。でも、反省した。勝手に思っているだけじゃ駄目だって。言葉にして伝えないといけないって。」
「へえ、なんか、哉多が熱い人だ~。」
「まあな、朱莉に対しては。」
「ね、恥ずかしいから、そんなこと、」
「そんなことじゃないよ。だから、言う。特に朱莉に知ってもらいたいから。」
「もう、ごちそうさま。とっとと帰れば。」
「言われなくても、朱莉と仲良く帰るよ。」
「もう、そういうのが恥ずかしいんだってば。じゃあね、歌乃子。」
「うん、じゃあね、朱莉ちゃん。またね。」
「歌乃子と何話してたの。」
「いつも話しているようなことだよ。それより、さっき本当に恥ずかしかった。ああいうこと言うのはちょっと、」
「慣れて。俺、これからは朱莉に関する言いたいことは、きっちり言うから。それと、恥ずかしいから嫌だと思ってたけど、これからは手くらい、つなご。」
「あの、どうしちゃったの、哉多?」
「どうもしない。ただ朱莉が好きなだけ。だから、今日もうちに来て。」
手をつないだら、悔しさがこみ上げてきた。
本当はもっと早く、この手を取ることが出来たはずだから。でもそれは哉多だけが悪いんじゃない。
わたしも同じ。何も言わなかったんだから。
「哉多が、大好きだから、…行く。それと、…この手は、これからもつないで。恥ずかしいけど、嬉しいほうが勝つみたいだから。」
「どうかした?」
「同じだよ。これからはわたしも哉多に関することはちゃんと言う。」
「うん。」
視線を逸らすことなく、ずっと哉多の目を見て自分の気持ちを伝えることが出来た。
「哉多のその顔、すごく好き。」
「俺の顔?」
「今、照れてるでしょ。」
「普通照れるでしょ、好きな子にそんなこと言われたら。」
引き算はもう止めよう。これからはいつまで続けられるか分からないけど、足し算を沢山しよう。
「どうしよう…、ただでさえ暑いのに、好きな人にそんなこと言われて、余計暑くなった。哉多のせいだ。」
「ゴメン、先に謝っておくよ。この後、暑くなるよ。体、使うから。」
「…」
end