作法教室
作法教室
それぞれのケース
ご馳走してくれるって言うし、邦和に対して可愛い振りなんかしなくていいので、ケーキは二つ注文した。1つはフルーツタルト、もう1つはフルーツショートケーキ。
邦和はと言えば、ここのケーキは美味しいと言っておきながらコーヒーだけ。変なヤツ。あ、もとから変か。
邦和の言葉を認めるのは些かムカつくけど、ここのケーキのあまりの美味しさに夢中で二つをパクついた。別に誰に取られるわけではないのに。これも二人の兄貴達のせいと心に言い訳をしながら、目線を上げるとそこには邦和。二人で来てるんだから当たり前だけど、こんな視線でずっと見られていたのかな?その視線って言うのが、二つもパクつきやがってって言う呆れた感じじゃなくて、なんていうの、優しい感じ?
「ところで何?」
何か言葉を発しないとその顔を見入ってしまいそうで、とにかく頭にでてきた言葉を口にした。
「えっ?」
「ケーキを食べさせに来たわけじゃないんでしょ。」
「ああ、」
そう頷いたものの、邦和はその先を言葉にしない。変なの。
じっと見てたら、急に笑ってわたしの口元のに手を。
「クリーム。」
「え?」
「馬鹿面にクリームが付いて、余計馬鹿面になってる。」
そう言って、クリームを拭ってくれた。
それから、また沈黙。空気がずっしり重い。
でも、この場合は待つしかないんだよね、邦和が何か言うまで。
「芙美花、おまえ大穴だけど、大本命なんだ。」
「はい?何かの暗号?」
「本当に分かってないんだな、おまえ。」
「だから、何を、」
「いいよ、もう。少しぶらぶらして帰るか。」
結局ケーキを食べていない邦和が、2個食べたわたしの分も支払った。最後の最後に騙されたらなんてハラハラしてたけど、本当にご馳走してくれた。
「俺さ、暇だからここに来た訳じゃないんだ。本当は。」
「お兄さんの結婚相手を見に来たんでしょ。」
暇なことには変わりないじゃん。
「まあ、強ちそれは間違えじゃないな。ところで、こういう風に結婚相手を選ぶことに芙美花はどう思う?」
「え、どうって、」
「一応芙美花だってその候補者の一人なんだから。」
「わたしは除外だって、他の人を見れば分かるでしょ。」
「まあ、確かにな。」
間髪いれない納得に多少のムカつきを感じながらも、こんな道端で邦和と言い争いだけはしたくないのでここは大人になることに。
「選ぶ方も、選ばれる方もそれでいいのかな?って感じ。だって、今は明治でも大正でもないんだから恋愛するべきだよ。そうだよ、それに、」
「それに?言ってみ、別に誰かに何か口外したりしないから。」
「あのさ、みんなそれなりの年齢なんだからそれぞれに恋愛だったり、やりたいことだったりがあるじゃん。それをいきなり家のためだからって、なんかね。」
「芙美花もあるのか?」
「何が?」
「だから、恋愛だったり、やりたいこと。」
「恋愛はしたいな。すごく甘いの。それか運命のイタズラ、みたいな展開で、もうとんでもないことになっちゃうのとか。だけど、最後はやっぱり甘い感じで。」
「まだ子供だな。恋に恋してるってとこか。」
せっかく盛り上がっているのに、わたしの空想&妄想はあっさり邦和に切り捨てられた。
「で、やりたいことは?」
「それがまだなんだよね。月並みだけど、進学してからゆっくり考えようかな、なんて。」
「それは良かった。」
「なんで?」
「医者と看護婦にだけはならないだろ、その調子じゃあ。この二つになるなら最初から学部をそこにしないといけないからな。これで、日本の医療ミスが未然に防げたってもんだ。」
やっぱりムカつく。
「だけど、兄貴と結婚すれば遊んで暮らせると思わないのか?」
「馬鹿じゃない。自分で稼いだお金で遊ぶならいいけど、それは違うよ。」
「遊ぶことには変わりないだろ。」
「違うって。それにあんたのお兄さんがどういう人か知らないけど、身内からみてどうなのよ、そういう人を選ぶと思う?」
「兄貴はそういう男じゃない!」
あ、邦和ちょっとブラコンだ。お兄さんのことを言うときは言葉に力が入ってる。
「すまん、大きな声をだして。」
「別にいいよ。でもさ、あんたんちももっと考えるべきだよね。前回もお兄さん誰も選ばなかったんだから、こういう趣向に意味がないって。」
「それが色々な事情があって今回は選ばなけりゃいけないかもしれない。」
「ダメだよ、そんなの!」
「何で、」
「だって、」
気付けば何を熱くなっていたのか、わたしは敦美さんと清佳さんのことを口にしてしまった。更には、珠樹だって恋に憧れを持ち始めたとまで。
まずいよ、絶対。だって邦和は西園寺の家の人なんだから。
どうしよ、敦美さんと清佳さんにこのことがバレたら。まあ、珠樹はいいとして。