作法教室

 

あえて



お嬢様女子校での奨学生という立場が故、成績そして元々ない品行を落とせなくて、男の子と遊ぶなんて出来なかった。って言うかそういう機会すらなかった。


……付き合うってどういうことなんだろ?

邦和は意識しなくていいって言うけど、言われたら普通意識するでしょ。


「あの、やっぱり、こう、何ていうか、なんか、、、」

「芙美花のペースに合わせるから大丈夫。」

ズルイ。邦和の見せた優しい笑顔に思わず頷いてしまった。確信犯だ、邦和は分かってる、わたしがこの笑顔に弱いことを。


「ん〜〜〜」

なんて思ってたら、またキスされた。


「酷いよ。わたしのペースに合わせるって言ったばっかりなのに。なのに、また、キ、キ、キ、キ、キ、ス、するなんて。」

「だからそれ以上をしてないだろ?こんな絶好なシチュエーションなのに。」

わたしは本当にこの人とこの先付き合って(気にしない程度の関係)いけるわけ?



意識しないって、何を?

あれから1時間以上、結局邦和を意識しっぱなしだよ。だって優しい表情だったり、真剣な目だったりで、すごく心拍数があがっちゃって。心臓に悪いのなんのって。

ついでに、キスだって何度したか。ただ、わたしにとって今日が初めてだって理解した後は、最初みたいなキスじゃなくて、そうだな、鳥がくちばしをつつきあっているみたいなのをした。

…思いだしただけで、ハズカシイ。


そして時間は17:15。あと十五分後が一樹の予定到着時刻。

最初の趣旨のまま、ただの作法教室だと思っていたらどうもしなかった。だけど、今じゃ手に汗握るっていうの?、緊張しちゃうよ。


顔を洗って敦美さん達に教えてもらったアイラインと眉毛を書いて、鏡に微笑んでみる。………、するんじゃなかった。敦美さん達が言うには、そうすることで表情が豊かになって日々可愛くなるとのことだったけど、ま、いいかっ。

たいした服はないけれど、ちゃんと身支度をして下へ行くと、なんとわたし以外の全員がそこに居た。


わたし、間違えてないよね。それにみんなキレイ。みんなわたしには一樹のお嫁さん候補になりたくないって言ったけど、本当は違うんじゃない?なんて言いたくなるくらい。

あ、でも、そうか、一樹はここの所有者一族とはいえ、お客様を迎えるって意味ではわたし達はおもてなしをする側か。しかも邦和までジャケット着てるし。自分のお兄さんでしょ、一樹は。


「では、皆様おそろいになりましたね。一樹様はあと少しでここに到着とのことですので、今しばらくお待ち下さいね。」

石川さんの落ち着いた声同様、今日はここの空気にも変な落ち着きがある。


それから程なくして、ダイニングルームのドアがノックされた。低くてしっかりした声の『失礼します。』という言葉で開かれたそこには、邦和に良く似た一樹がいた。


これまた腹立たしいけど、そう邦和をカッコいいって言うみたいで、でも一樹もカッコいい。

お金はあるし、家柄はいいなんてもんじゃないし、このルックスならさぞやおもてになることだろう。でも、そのせいで女性との間に一線ひいているのも頷ける。この人もきっと、本当の自分を好きになってくれる人を探すのに苦労してきたし、してるんだろうな。


ついジッと見ていたら、たぶん目があった。

あ、邦和と少し違う優しい笑顔をする人なんだ。

きっとその表情はわたしに安心するように言っている気がする。きっと…

何か得策があるんだろうか、、、


そして、なぜかわたしの目はすぐに邦和に向かった。面白くなさそうな、ちょっと子供っぽい表情なのが分かる。



この日の夕食は、簡単に行われることになっていた。まずはそのままダイニングルームでのお決まりの自己紹介。敦美さんも清佳さんもうまいと思う。当たり障りのない自己紹介をするんだから。別にこんなのどうでもいい、って言うことを醸し出さないばかりか、なんとなくだけど、一樹に好意を持っています、って感じがでている。その話し方と目線から。

わたしは、、、やっぱりそれは無理だから、いままでと同じ。

なのに、何も食いつくポイントなんかない自己紹介だったのに、一樹が質問してきた。


「石井様、という名字は案外多いのですが、過去にどこかでお会いしたことはありますか?」

「いいえ、ないと思います。」

「そうでしたか、失礼ですがお母様の旧姓を教えていただけますか?芙美花さん以外の皆様は過去に一度はお会いしたことがありますので、それぞれどちらのお嬢様か存知あげているのですが、あなただけは検討がつかないもので。」

「母の旧姓は棚橋です。」

「せっかく教えていただいのに、やはり存じ上げないお名前ですね。お婆様は?」

「一樹様、芙美花様は」

「妙さん、僕は芙美花さんから教えてもらいたいんだけど。」

「祖母の旧姓は、……二条です。」

「もしかして、あの二条様ですか?」

「すみません、その、あの二条様と言われてもわたしには分からないのですが、祖母が元華族の出ということは聞いています。」

空気が止まった感じがした。わたしと一樹と邦和以外の。


「そうでしたか、二条様の血縁の方だったのですね。分かりました。僕からの質問はそれだけです。では、移動しましょうか。」


当初の予定では夕食、そして歓談会だったけど、あまりにも天気がいいので、その日の夕食は中庭に用意されることになった。まあ、そのほうが、一樹と打ち解けやすいと西園寺家が考えたようだけど。



犬養さんも大変よね、予定が急所変更なんて。だけど、そこらへんはやっぱり慣れてるのかな。ガーデンパーティにぴったりな料理が彩りきれいにならんでいる。


「芙美花、」

「何?」

「これで、おまえが大本命になったな。表向きは。」

「へ?」

「二条家の血をひくお嬢様だから、おまえは。」

「でも、わたしにはそんなの全く関係ないよ。っていうか、その二条家って家の人に誰一人あったことないし。何より、一樹のお嫁さんになる気なんかこれっぽちもないから。」

「そんなこと分かってるよ。ただ、他のお嬢様がたにも理由が出来たってこと。自分が選ばれなかった。みんな家からは色々言われているだろうし、」


そういうことか、、、だけど、わたしはどうなるんだろ。

「ね、わたしはどうなるの?」

「後で部屋行っていい?そろそろお前も兄貴のところへ行ってこいよ。変だろ、俺と話していたら。」

「あ、うん。」




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