作法教室

 

九条珠樹



出発日、お母さんからは新幹線のチケットとタクシー代やら諸々の費用ということで3万円渡された。


4週間、3食付きだし、きっとおやつの時間もあるだろうから、帰りに残った分はお土産代にしようなんてのん気なことを思いながら電車にゆられる。


東京駅に着くと、今まで乗ったことがない『あさま』っていう新幹線に乗った。しかも自由席じゃなくて、グリーン車。

指定席より高いやつ。


乗って待つこと十数分、お母さんが言ったように車掌さんが見回りに来た。で、お母さんに言われた通り車掌さんに軽井沢に着く15分前に声をかけてもらうようお願いした。


金持ちが避暑に軽井沢を使うのはどうしてだろうか?と新幹線を降りたときは思ったけど、タクシーにゆられ目的地を目指しているとなんとなく頷ける。


タクシーの運転手さんも、最初はわたしと手渡した紙切れの住所を見比べて訝しげな表情をしてたけど、今は窓を開けて爽快な林?森?、ま、どっちでもいいや、その中を気分良さそうに走らせてる。


「お客さん、そろそろその住所の外門に着くけど、中まで入れるの?」


不思議な質問だ。

まず、外門という言葉。次に中まで入れるの?という質問。

何でそんなことを言うのだろう、この運転手さんは。


「中まで行って下さい。」

よく分からないけど、招待されているわけだからこう答えるのが正解だと思う。


しばらくすると、その『外門』ってところに着いた。立派な門。

運転手さんがなにやらボタンを押して話している。


「お客さん、名前は?」

と何かの装置を指差しながら聞かれた。


「石井芙美花です。」

「イシイフミカさんだって。」

『石井様ですね、かしこまりました。』


なにやらわたしの苗字に様がつく言葉がそこから響いた。

そして、運転手さんは不思議そうな顔をしてわたしをみてからまた車を走らせた。


外門から正面玄関らしきところまでは、車で5分くらい?かな。

それって、距離にしたら案外長いと思う。

しかも、立派な庭園が広がっている。


改めて思う、ここは一体どこ?


確かなことは、ここが軽井沢のどっかということと、おばあちゃんの知り合いがらみということ。


タクシーは正面玄関に止めることは出来なかった。どうしてかというと、先客の車が止まっているから。

車というよりは『お車』という言葉がぴったりの代物で、後ろのトランクから色々な荷物が運び出されている。車もデカイけど、トランクもそれに準じてデカイ。


そして後ろの席から、手を借り出てきた人を見てびっくり。


 — 九条珠樹 —


なんでそんな『お車』に乗っている人物をわたしが知っているかというと、同じ高校の2年生だから。というか、3年のわたしでも知っている、有名な子。


うちの高校で学年を超えて有名になれるのは、ずば抜けて家柄がいいとか大金持ちとか、そんな理由。彼女は両方を備えている。


でも、そんな家柄がいい九条珠樹がどうして作法教室へ来る必要があるの?


この大きな洋館といい、九条珠樹といい、腑に落ちないことばかり。ここは本当に作法教室を催す場所なの?


しげしげと玄関らしき場所を見ていると、中から感じの良さそうなおばさんが出てきた。


「芙美花様ね?すぐに分かったわ。やっぱり似ていますね。」

そのおばさんはいきなりそんなことを言った。

ぽかっと口を開けて、その人を見ていると、その感じの良さそうな顔に笑みを浮かべて言葉を続けた。


「ま、ご免なさいね。いきなり名前を呼ばれたら驚くわよね。先程門番から連絡があったから、あなた様が到着したって。あ、遅れましたが、わたくしはこの洋館を管理している管理人の飯塚妙です。これから4週間よろしくお願いしますね。」

「あ、はい。」

「芙美花様のお荷物はお部屋にもう到着していますよ。」

「あ、はい。」

「それと夕方の6時から、皆様の顔合わせを兼ねて夕食がございますから、少し前にはダイニングに起こしになって下さいね。今日は皆様移動日でしたから、胃にやさしいものを用意しております。お口に合うといいのですが。」


腕時計を見ると4時45分、これならお風呂をかりてさっぱりする時間がありそう。


「あの、管理人さん、」

「なんでございましょう、芙美花様?」

「お風呂っておかりできますか?それと、わたしには様は付けないで欲しいのですが…。」

「お風呂はお部屋に備え付けのものをご利用下さいね。それと、呼び方は難しいですねぇ。」

「お部屋にお風呂!?」

「はい。使い方はパネルが付いてますから、若い方には然程難しくないと存じます。ですが、呼び方は………、そうだわ、芙美花様、わたくしたちだけのときは芙美花さんとお呼びします。ですが、それ以外のときは他の方もいらっしゃるので勘弁して下さいね。」


感じのいい管理人さんのお陰で、少し気分が落ち着いた。

けれど、部屋の扉を開けてびっくり。なぜって、うちのリビングよりわたしの部屋の方が大きいよ。

立派な調度品の中に置かれた、二つのダンボールが異常なまでに貧しく見える。こんな部屋に置かれちゃうなら、八百屋さんから貰ってくるんじゃなかったよ、ダンボール。





5時55分、早くもなく、遅くもなく、6時の集合には丁度いいくらいじゃない。

管理人さんが言うには顔合わせって言ってから、このお教室の参加者が全員集まるってことよね、楽しみ。


ダイニングの入り口にいた人に名前を告げて、席に案内されるとそこには既に3人の人がいた。

しかも、わたしのお嬢様センサーが反応している。即ち全員、この洋館にふさわしいそれなりの人ってこと。だって、服装もなんだか高級そうなのが見て取れる。


みんなわたしの到着に合わせて軽く会釈を。

これって、なんの作法教室なの。だって、みんな絶対不要だよ。

それとも、わたしはいきなり上級クラスに来ちゃったの?


わたしが席について少しすると、九条珠樹がやってきた。今度はわたしもそうされたように、席に着こうとする珠樹に軽く会釈をした。


それを見計らったように、管理人さんが登場して、全員揃ったので夕食を始めるというアナウンスをした。


が、始まったはずなのに、料理ではなく一人の女性がまず最初に紹介された。


「皆様、お集まりいただきありがとうございます。わたくしは、皆様のお世話をさせていただきます、石川虹子(いしかわにじこ)と申します。それぞれ専任の先生に教えていただくこともありますが、4週間に渡ってわたくしは皆様とご一緒させていただきますので、宜しくお願いいたします。」


その挨拶が終わると、綺麗な、たぶんこれは漆塗り、の箱に入った料理が運ばれてきた。色とりどりで、黒の漆器にとても映える。食べるのが勿体ないくらい綺麗。


管理人さんのどうぞという言葉を合図に皆さんお箸を取り、食べ始める。

あれっ?、なんかわたし一人お箸の取り方が違う…。そして、斜め前の珠樹がくすっと笑った。

見間違えじゃない、確かに笑った。


でもいいや。気にしない、気にしない。珠樹なんか放っておいて、美味しく食べよ。


最後のお茶がでると、皆様の親睦を兼ねて隣のティールームで歓談を、と管理人さんが言った。


隣の部屋に行ってみると、何かばってん模様の陶磁器と銀のトレーにクッキーが用意されていた。このばってん模様は、あれよ、あれ、ドイツの、なんだっけ?でも、カップ一客が1万円は軽く超えるやつ。


管理人さんがソファに掛けるよう促して、優雅な手つきで紅茶を入れ始める。

こういう洋館の管理人さんは、こういうこともこんなに優雅に出来るんだなと関心していると、ばってん模様のカップ&ソーサーがわたしの前にも置かれた。


落としたら洒落にならないよね。気を付けよ。


少しすると世話係の石川さんが、これから4週間も一緒に過ごす皆様だから簡単に自己紹介をお願いします、と言った。


順番は石川さんから時計周りということで、わたしは4番目。最初は珠樹。


珠樹は自分の通っている高校名と学年、趣味、などを完結に話した。

次の人も次の人も完結に自己紹介をこなしていく。


こんな高貴な雰囲気をかもし出す中で自己紹介なんかしたことがないわたしは、心臓が高鳴りながらも学校名・学年・趣味を話した。


すると、珠樹が「やっぱり、石井様でしたのね?」とわたしに笑みを見せた。


それを受けて石川さんが、そうですね、お二人は同じ高校ですのね、なんて言葉を付け足してくれた。


他の三人がわたしと珠樹を見比べているのが分かる。そうだよね、あまりにも違うよね、同じ高校なのに。


でも、そんなことは気にしない。気にしていたら4週間はいれないよ、こんな雰囲気と面子のここに。

まあ、その見返りとして、豪華な食事に快適な気候が得られるんだから。




だけど、この会の終わりにわたしはとんでもないことを聞いた。


「はいっ?これって作法教室じゃあないんですか?」

「そうですね、作法教室といえば作法教室ですが…。最終的にはこの洋館の持ち主である西園寺様のご子息の婚約者選びです。」

石川さんは淡々と答えてくれた。


「でも、わたしは作法教室って聞いて来たんですけど。」

「芙美花様、作法教室には変わりありませんから。」

管理人さんはあの人のいい笑顔でわたしを諭す。


でも、小声で呟いた九条珠樹の言葉はかなり頭に来た。

『それでですね、石井様がここにいたのは』だって。やっぱりさっきからの笑みはそういうことだったんだ。




広い部屋の立派なベットに体を沈めながら、これからのことを考えてみる。


今日の話からすると、この夏休みのお作法教室なる、お嫁さん選考会は今年で二回目。一回目はこの建物の持ち主である西園寺って人の息子が、誰にも興味を持たなかったらしい。


その息子の気持ちも分かるような気がする。だって去年はいきなり、ここに連れてこられて誰がいいか聞かれたらしいから。


今年はそれに懲りたこの催しものの発案者が、息子を後半の1週間、ここに住まわすらしい。


なんだか金持ちの考えることはよく分からない、まあ、分かったところでわたしが金持ちになることはないけど。


今日会った全員は、話し振り、身のこなし、何をとっても申し分がないと思う。しかも、悔しいけど珠樹のような美人揃いときてる。

今年は実るかもね、西園寺家のお嫁さん探し。





back   next   index